Mi

【僕の名前は】
父さん……神父さまは優しい人だ。
いつも穏やかな笑顔を浮かべ、やわらかく諭すような声色はまさに聖職者といった風で、村の人たちはみんな神父さまを慕っている。
それはもちろん僕も。
少し躾には厳しいけれど返事が遅いからと殴られるのも、皿を割ったから食事を抜きにされるのも、態度が悪いと壁に押しつけられそれから床に叩きつけられるのも木の棒で殴られて背中を痣だらけにされるのも髪の毛を掴まれて引き摺られるのも裸で柱に縛りつけられるのも全部全部全部僕が悪いせいなのだから仕方のないことだし僕をいい人間にするためにやっているんだと言ってくれる神父さまはやっぱり優しい人だ。
たまにクズ売女の胎から生まれた役立たずの穀潰しを育ててやっていることに感謝しろと怒鳴られるけれど僕は役立たずだし■親が淫乱でどうしようもないクズなのもきっと本当のことなのだろうからもちろん神父さまにはとてもとても感■■■■■
だから神■■まが僕の■■に勃■■た■■■■捩じ■■■■ても耐え■■■■、体の中をぐちゃぐちゃに■■■■されて激しく揺さぶられて痛いくらいに体をぶつけてこられても平気この時にはすごく優■い声で「可愛い私のデ■■ボ■」と呼ん■■■■からこんな穢■■■でも■父さ■は■してく■■■■■










もちろん僕は神父さま……父さんのことが




【俺は】
俺が『生まれた』のはサルディニア島オルビア=テンピオにある寂れた村だった。
夏にエメラルド海岸を目的とした観光客がまばらに訪れるくらいで後は何の見所もない―しかしごくありきたりな―小さな村だ。ホテルとは到底呼べない安宿にごちゃごちゃと種類を問わず雑多に物の溢れる小さな商店、家庭料理に毛が生えた程度のトラットリアと安酒ばかりのバール。村の男のほとんどは漁で生計を立て、女は観光客向けの土産物を作ったりしている。
そんな村が俺たちにとっては世界の全てであり、ガラスの檻越しに見るそこは醜悪で腐臭を放ちながら爛れていた。

俺が目を覚ますとそこは俺たちに宛がわれた薄汚れた小部屋ではなく聖堂(神の家らしい慎ましやかな狭さだ)だった。一段上がった祭壇と奥の壁には磔刑姿、箱を組み合わせただけに見える簡素な造りの説教壇、片隅にひっそりと佇む告解室、年代が降り積もって色が濃くなった長椅子の群れ、石が剥き出しの冷え冷えとした身廊、褪せた赤と青のささやかなステンドグラスから弱弱しい光が差し込む。夜が明けたばかりのようである。
体中が強張っていて、動けば錆びついた門のように軋んだ。どうやら一晩中祭壇前の冷たい床に転がされていたらしい。
堂内には場にそぐわぬ饐えた臭いが残っており、また、口の中の嫌な味にすぐに何をされたか分かって胃の中身を掻き出したい衝動に襲われる。
むしろ俺はその衝動に逆らわず咽奥を突くよう指を突っ込んだ。
何度も何度もえずき、繰り返す。が、胃液すら出ず生理的な涙だけが流れていく。
何も出ないのが分かって俺は手を止めた。
だらだらと零れた涙も、涎も、どうにかする気力が湧かず体が弛緩する。
そんな俺を嘲笑い見下ろすジェズ・クリストが憎らしい。
しばらくクソみたいな神の子供を睨みつけて、ほんのわずかな体力の回復を待って、ようやく俺はのろのろと動き出した。
申し訳程度に引っ掛かっていたシャツを着て剥ぎ取られた下着とズボンを身に着け、俺は聖堂から居住スペースへ繋がる板戸を押し開ける。アイツを起こさないようにと気を付けたお陰かそれはほとんど音を立てなかった。
そのまま忍び足で洗面台へ向かう。ベタついた体は本当ならシャワーで流したいが音が出るし、そもそも熱い湯を使わせてもらえない。キリキリと冷えた水で濡らしたタオルを使うしかない。
「……ッ、minchia!!」
こびりついたまま乾いた精液を力任せにと拭う。肌が赤くなりピリピリとした痛みを訴えてくる。レイプの最中よりも後処理をしている間の方がよっぽど惨めだ。
これが済んだら聖堂の掃除もしなけりゃいけない。なんだって俺が!
「Mannaggia!Porca buttana!!……っく、ぅ……」
悪態を吐き、しかし声を張り上げて言えるほどの強さもない俺はとことん惨めだった。
覗き込んだ鏡の中で痩せっぽちのクソガキは青白い顔をし、何もかもを諦めた暗い洞窟の目をしている。
死体みたいな肌色の中で首元の紫色の痣だけがいやに生々しい。

「お前は、このままでいいのか」

問い掛けるとガキは血色の悪い唇を強く噛み締めた。



【DよりDへ】
お前は誰にも愛されていない

誰もお前の味方になるヤツなんていない


だから


俺がお前を愛す

俺はお前の味方だ



俺はお前の たった一人の 味方だ




【Io sono 】
『電話』を終える。
何故だか酷く疲れ果てていた。

ドッピオお前はこれで満足なのか幸せなのか。
ディアボロはこれで幸せになれるのか、なれたのか。
いや、幸せに決まっている。あのカスみたいな村の邪悪な神の下僕を殺し、床下に埋めた忌まわしい『過去』も焼き払った。何よりエジプトで手に入れた『力』があるのだ、俺たちを脅かすものは何もない。
そのはずだ。
それならば何故やつはディアボロは少年の殻を被ったまま成長しないのだあの『審判の日』の姿から。
俺にまだ力が足りないというのか。
だから恐怖に身を縮こまらせているのか。
だからすべてから目を逸らし忘れた『フリ』をするのか。
それとも本当に忘れてしまったのか。
だから何も覚えていないのか。だから何も知らない。
なにもなにもなにもなにも
まさか
お前はディアボロではないのか。
もしお前がディアボロでないとしたらお前は一体誰なんだ。ドッピオか?
違うドッピオは俺だ。それならばやはりお前はディアボロだ。
ディアボロとドッピオの二人きりなのだから俺がドッピオであるからにはお前はディアボロであるべきだ。
だが何も持たないお前がディアボロであるはずがない。
ああクソ頭が痛い
ディアボロはどこに行った俺たちを置いていったのか俺たちを捨てていったのかいや違うそんなことはありえないありえるわけがないあいつは俺がいなければ生きていけないのに違う
違う違う違うそうじゃない
そうじゃないんだ

そうだ、違う、いやそうだ、


俺は――――



俺が、





【Mi chiamo doppio.】
支払いを終え、折りたたみ財布を尻ポケットにねじこむ。
トマトにチーズにプロシュット、ルッコラをはち切れんばかりに詰め込んだトラメッツィーノを手に僕は、公園かどこか落ち着いて食事のできる場所を探して歩く。
ああ水も買わなくちゃ。つ、と汗が米神を流れていった。
チリッと肌を刺す日差しの強さについつい眉が寄る。
まるで   ィ ア島の夏のようにギラギラとし


とうおるるるるん とうおるるるるるるん


電話のコール音。
どきりと胸が一つ鼓動を打つ。
何を考えていたかなんて一瞬で放り出し、僕は慌てて尻ポケットから二つ折りの携帯電話を抜き取って耳に当てた。
低く落ち着いた声がスピーカーから流れて耳をさらりと撫でていく。
圧倒的な存在感と絶対的な安心感とそれからわずかに掠めていく恐ろしさ。
それは何かに似ている。
指示を受けながらも無意識に頭の片隅で考え、
「はい……はい、」
気付く。
ああ、これは赤々と何もかもを焼き尽くす炎だ。
あの日鮮やかに舞い上がって と を燃やした浄めの、
ドッピオと鋭く制され思わず電話を落としそうになる。
ドッピオと重ねられた声に目の中でチラチラと揺れていた赤はすでにない。
……ドッピオ……そう……それは、僕の名前だ。
何を考えていた、と低く唸る声で問われ背筋が伸びる。
手にしていたはずの昼食は落ちて無残に潰れてトマトがはみ出していた。
いいえなんでもありませんと早口の答え。
あんなに熱を孕んでいた日差しが今は冷たく感じられる。
電話口の向こう側では緊張が張り詰めて、僕は本当になんにもないのだと沈黙を返す。
しばらくして(二分程だろうかそう長くはない)溜め息未満の吐息が一つ。
また任務の話に戻った。
「はい、分かりました――――ボス」
努めて平静に相槌を打つがそのすべてを見透かされているようだった。



――――――――――
蛇足設定

第一人格『ディアボロ』
主人格
幼少時からの虐待により、神父を愛し愛されていると無意識に思い込むことで精神の均衡を保とうとしていた
その結果負の感情を閉じ込めた第二の人格が生まれる

第二人格ボス
副人格
いわゆる悪の帝王なディアボロ
行動原理は『ディアボロ』を脅かすものの排除
ドッピオと剥離した結果より残虐性の強い人格になった

第三人格ドッピオ
副人格
性格のベースは『ディアボロ』だがボスの攻撃性を受け継いでいる

副人格(以下ボス)が主人格を乗っ取った際に『入れ替わった』ことにするため(守るべき『ディアボロ』を自分が消滅させたという矛盾を消すため)にボスが作り出したのが三番目の人格(以下ドッピオ)
しかしドッピオに幼少の記憶などがないことからドッピオ=元主人格という概念から齟齬を起こし最終的にボスが自分を『ディアボロ』だったと思い込むようになる

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