日ノ本穴道如水線

ぽつぽつと置かれた篝火はなんとも心許ない。
削り取られた岩肌の上を影が伸び縮みして、まるで何かが蠢いているようだ。
坑夫どもを横目にのたうつ白木の枕木を辿って行くとそこには……
「トロッコアドベンチャーいえーい」
「官兵衛……お前の様な者を才能の無駄遣いと言うのだろうな……」
ガトリングガンのついたトロッコが私たちを待ち構えていたのだった。


VS黒田官兵衛 


脳がシェイクされそうな振動はまあいいトロッコだからなあんなものだろしょーがない。
だが最後のあの大ジャンプはなんだってんだ!
何を意図してあんなもの拵えちゃったか四百字詰め原稿用紙三枚で提出しろッ!
「うぅ」
とまあ心の中で荒ぶっても実際はコレである。傷を負ってないのに赤ゲージ。
私乗り物酔いしやすいんだよねー。馬乗るくらいなら自分で走るタイプだし。
「三成大丈夫か?水飲むか?」
「貰……これどこから持ってきた」
「うん?そこのつづらに入ってたのをガメて来た」
そこの、と指差す先には朱色に塗られたつづら。わあすっごく見覚えがある。
「神水じゃねぇかッいらないよッ」
ゲージ溜めろってか!?満タンになったら官兵衛にぶっ放せってかコラ!
だからって「そうか残念だ」なんて言いながらしまいなおすな。
それからゾンビのような状態で奥へ奥へと道なりに。
のっそりとした人影がこちらに気づいて振り返り――、
「来てやったぞ官兵衛持て成せ」
「別に呼んじゃあいないんだが、って、いたたたっ」
「一言多いのは相変わらずだな官兵衛」
「へんっ、そうそう変わりゃあしねえよ」
腹立つ顔で悪態を吐く彼奴に思わず手が出てしまう。
大げさに痛がる素振りで頭を抱える官兵衛。
その手首にはジャラリと鳴る枷が嵌まっているが、別に私が官兵衛の野望を危険視して命じたとかじゃなくてただ単に刑部の悪戯心のなせる業だ。
ちなみに穴掘りしてるのだって労役とかじゃなく官兵衛の趣味である。ごくごくごくごくまれに金脈を掘り当てることもあるので豊臣軍としては万々歳だ。閑話休題。
さて、文句を垂れつつ官兵衛が出してきた湯呑みの中身はいわゆる鉱泉というヤツだろう。キリキリとした冷たさがトロッコ酔いを癒していくようだ。
さらにはミネラル豊富で健康になっちゃうぞ☆(※個人の感想であり、商品の効能を確約するものではありません)
「それで……凶王サマはわざわざ何の用でこんな穴蔵においでなすったのかね。はっ!ま、まさか鍵をっ鍵を刑部から預かってきたのか!?そうかっそうなんだろう!?」
はじめはシニカルな物言いだったくせに後半になるにつれ唾飛ばす勢いで食ってかかってきた。必死すぎだ。落ち着けよ官兵衛、と家康に苦笑いされているのも気づいてないだろうなーはあ水が美味い。
どう答えたものか、騒ぐ男から手の中の波立つ水面へと視線を落とす。
鍵、なあ。
視線の合わない刑部本人から聞いた噂だとどこかへ逃げたとかどうとか……。
キャッこんなの私の口からは言えない(棒)。
ので、
「そんなことより」
「『そんなこと』で片づけるなあっ」
官兵衛が吠えようが喚こうがこの話題は強制終了させてもらおうか。
「そんなことより!官兵衛アレはなんのつもりだッあのトロッコ!」
「とろ……?」
「えーと、ほらあの乗り物だよ。何だってあんな危険なものを……どう考えても実用性皆無だぞ」
わりと素直に話題転換され首を傾げる官兵衛。
家康の呆れた風な指摘にあれかと得心がいったように何度か頷いた。
それから居住まいを正すと、
「ああ、あの穴道車。実はな小生ソイツを乗りこなした事がないんだ。正直怖くてな……速いし、危ないし」
神妙な様子でそう告げた。
真面目な顔を作ろうとして失敗した、妙な引きつり顔を浮かべている。
「貴ィ様ァァ……!ならなんで作ったッ!?」
「いやあ又兵衛がな……って、お、お前さんらっ来る途中で又兵衛を見なかったか!?使いに出したっきり戻らんのだが……」
ざあっと血の気を引かせた官兵衛だが、まあ待て、相手は元服とっくの昔に過ぎた野郎だぞ。はじめてのおつかいに行かせた幼稚園児じゃないんだぞ。
だが官兵衛はそんなごく当たり前の事柄にも気づかず、迷子にとかまさか何かあったんじゃとか口にしてはさらに顔を蒼白にさせている。
「うーん……悪いが見てないな」
「フン……あの男のことだ、どうせまた発作的に閻魔帳に名のある者の元へ処刑に行ったんだろ」
「あー、やっぱりそうなるか……」
「ワシのところに来たら叩きのめして送り届けよう、ははは」
なんでこの人はいちいち怖いんですかねえ。朗らかな笑い声がより一層寒さをもたらす。
後藤が家康を襲わないよう躾けておけ、そんな気持ちで官兵衛を睨むが軽く肩を竦めるだけで返事をされた。
「そうならんことを心の底から祈るがね。……ま、見かけたら早く戻るよう伝えておいてくれんか」

(9/28)
*prev | Title | next#



×
- ナノ -