吟遊水色桔梗

ず……ず……、何かを引き摺るような音がする。
「家康」
「ああ、勘違い……ではないようだな」
九十九に折れた道のせいか、そればかりでなく鬱蒼と伸びた木々のせいで見通しは悪い。人の行き来に自然と出来ただけの山道は街道と呼ぶには心許なかった。
不気味に薄暗い空の下けっして大きくはないそれは、しかし不安感を掻き立てるには十分に足りていた。
ぞわりと木立ちは怪しげに膨らむ。生温い風が吹き抜けていく。
ず、ず。
音はいよいよ近くなり緊張が高まる。
構えを取る家康の、その拳を握り締める音すら聞こえてくるようだ。

ず、

とうとうそれが姿を現す。
ゆらゆらと揺れながら近づく影は病的に白かった。
だらんと垂らした両の腕に絡む大鎌は、引き摺られた挙句に地を掻く亡者の爪先となる。
俯かせた顔を上げたそれはニタリと嗤い、
「ごきげんよう」
「……ただの明智光秀か」
「ああなーんだ野生の明、」
ほう、と安堵の溜め息を吐いて家康は構えを解く。
脅かしやがって――私も抜刀の構えを解いた……って、あれ?
「智……いやいやおかしいよな!?貴様がなぜここにッ」
「おや、おかしなことをおっしゃいますね。私は信長公にお仕えする身……織田領内に居てもおかしくはないでしょう」
「いやいやいやいや」


VS明智光秀


「で?」
「『で』……とは?」
極限まで簡略した問いを投げつけた。
が、彼奴は薄い唇に穏やかな笑みを刷いて――つまり本能寺の変態明智光秀にまったく似合わない顔をして聞き返してくる。無性に腹が立つ。
「ッチ!金吾のとこにいたはずの貴様がナゼ私たちの進行方向から来るのかと聞いているのだ。さあじっくりとっくり聞かせてもらおうか」
「金、吾……?おやそれは一体どこの鍋奉行のことでしょう」
「そこ!?完ッ全に分かってて言ってるよなァッ!?」
身をくねらせながら首を傾げる相手に頭の血管が切れそうだ。
咄嗟に怒鳴りつけてやったが結果はと言えばヤツが反対に首を傾げただけである。
怒りだとか苛立ちだとかいろんな感情で戦慄く肩。そこにぽんと手が置かれた。
もちろん明智がンなことするワケはない、そうなると誰が……なんてのはこの場に一人しかいない。
「落ち着け三成。この御仁は相手をするだけ無駄だぞ」
「ぐっ」
「ンフフッ、ひどい言われようですね」
「事実じゃないか」
うふふあははと笑いあう明智と家康だが気のせいじゃなけりゃあ間に火花が散っている。
わあ仲がイイネ。
あんまり深く考えると私の精神が赤ゲージになる。ここはスルーで。
「天海」
「…」
「オイ」
「はいなんでしょう」
「破戒僧」
「……」
ぴたりと口を閉ざしたその横っ面を引っ叩きたくなる。悦ばれるだけのような気もするが。
「フ……あくまでも貴様は天海じゃないと言い張る気か」
「それは再従姉妹の父親の甥の従姉妹の夫の兄のことですので、ええ」
「デタラメなんだろ」
「クク……」
どうも白を切るつもりらしい。
あんな同一人物にしか見えない変装をしておいて、だ。
豪胆というよりはふてぶてしい。
ふてぶてしいからこそ仮どころかガチに敵の金吾(アイツも一応は豊臣の者だ)の元へ転がりこめるんだな。
てゆーか話進まねー。
「ええいとにかく!魔王の家臣だってんならなんだって金吾の近くに出没するんだッ!あれか家出か!?」
「いえ、どちらかと言えば出家……おっと間違えてしまいました。今のはどうぞ聞かなかったことに……ククク」
「ワザとだろ」
「清々しいほどに白々しいな」
「クク、フフ、アーハハハハハ」
突き刺さる二つの冷たい視線もなんのそので男は笑い続けるのであった。

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