丹後泉源寺

行きつ戻りつの行程になってしまったが旅をすることが目的の旅だ、それもまたよし。
とでも思ってないとやってられないパシリなう。
「すまないな三成……勝手に請け負ってしまって」
「フン、魔王に恩を売ったとでも思っておく」
夕闇に白い三日月。遠目にはどこかエキゾチックな佇まいの建物群がシルエットになって浮かぶ。
さて目的の人物は何処か。
パチパチ爆ぜる篝火を頼りに歩を進めていると、
「マリア様にお届け物だ〜」
つづらを背負った兵が軽やかに駆け抜けていった。
「なんだか忙しないな。まあいい、さっさと用を済ますぞ」
「ああ。あの配達兵について行けばお市殿に会えるかな?」
今や遠くなった背中を追うべく、私たちは踏み出す足に力をこめた。


VS浅井長政お市京極マリア


中庭だろう明るく照らされたそこに黒髪を背に流した人影。
簡素な柵の近くに立っているのは植わった花を見ているかららしい。
敷き詰められた白石を踏めばしゃりしゃりと音が鳴る。
こちらが声をかけるより先、
「いらっしゃい竹千代、石田さま」
振り向いたその人は思いのほか穏やかな顔で私たちを迎えた。
呼ばれる幼名にハテと思うがすぐに質になっていたという話に至る。
なるほど織田の姫と面識があるのも道理か。
懐かしの名で呼ばれた男は困った顔をし、くしゃりと髪を掻き潰していた。
「お市殿……いい加減竹千代はよしてくれ」
「ふふ、わかったわ竹千代」
「残念だな竹千代」
「三成まで……」
がっくり肩を落とす家康に口元が釣り上がるのが自分でもよく分かる。
性格悪い?褒め言葉です!
こうやってコイツがやりこめられる機会はそうそう来ないからな、楽しくて仕方ないじゃないかあっはっはっ。
「それで市になにか用……?」
「それなんだが、」
かくかくしかじか、これこれうまうま、征天魔王は嫁に逃げられ落ちこんでます。
首を傾げたお市ちゃんへと家康が説明していけばどんどんとその表情が曇っていく。
そうだよね怖いお兄様のそんな情けない話聞きたくないよねーって、
「…そう、にいさままた濃姫さまを怒らせたの」
違ったか。
お市ちゃんってこんな顔できたんだね怒りと呆れの混ざったしかめっ面なんて。
てゆーか『また』って……あのおっさん……。
「程々のところで帰るようにと濃姫殿にお市殿から伝えておいてくれないか」
「言うだけは……言ってみるわ」
「十分だ。あなたに感謝を」
微笑んで礼を述べる家康と口元に手を当てて目を伏せたお市ちゃん。
間にはパステルカラーな空気が漂っているようでとても居心地が悪い。
なんだか忘れ去られてる気がするしもうどっか行っちゃおうかな。
そんな考えが頭を過ぎった時。
「あらあら。市、貴女も隅に置けないわね。こぉんな若い子を二人も侍らせて」
笑み含んだ声が響く。
目を引く白金の髪をたなびかせた女はツンと澄ました涼しい目でそこに立っていた。
剥き出しの肩に二の腕を覆う長手袋。
黄緑鮮やかな裾を引き、スリットから覗く足は艶めかしい。
ううう……また目のやり場に困る系女子か。
「義姉さまちがうの」
「長政、貴方が不甲斐ないから市に飽きられちゃったのよ。うふふ」
「な……!?そ、そうなのか市ィッ!」
やたらにハキハキとした大声で割って入ってきたのは眩しく輝く真っ白な上衣と目を射る赤の袴というお目出度い色合いの出で立ち。とても目にうるさい。
「そうじゃないの……ふたりは」
「ええいこうなれば貴様らを正義の剣の錆にしてやるっ!!」
正義とはなんと曖昧で独善的な尺度であろうか。すらりと抜刀し体の前に刃を掲げた男。
すわ戦闘かと、
「長政さま話を聞かないのは悪だわ……」
無銘を構える前にお市ちゃんの説得(物理)でマサヨシさんは強制的に黙らされる。もう少し詳しく言うと黒い巨大な手に振り回された挙句に投げられ今は犬神家だ。理不尽な敵意向けられたのなんかどうでもよくなるくらい惨めな姿である。
お市様お強くていらっしゃいますね。
思わず家康と視線を交わし、どちらともなくそっと目を逸らした。
まあアレだよ話聞かないのが悪い。
もう用は済んだ、さっさとオサラバしたい。
その考えを阻むように愉快犯的にマサヨシさんを煽っていた女がしゃなりと進み出、顔を覗きこまれた。品定めをされている気分である。
もしや庇われているのか、家康が私と女の間に身を滑りこませた。
家康の肩越しに見えた顔は気まぐれな猫のようで、ねえさま……と細い囁きは聞こえていないのだろう。
「ふうん、市のものじゃないの。そう、それなら……妾の部品モノになりにきたのかしら?」
絶対気のせいだが口元で遊ばせる指先からキラキラエフェクトが迸っているようにも見える。疲れ目のせいだ。
「私は秀吉様のモノだ、永劫にな」
「ワシが誰かのものになるとしたら相手はもう決まっている」
「そ、残念♪」
まったく残念じゃなさそうに女は言い、にぃっこりと笑みを深くする。
家康の言葉も気になるところだが、今は女の方が(悪い意味で)気になる。
なんだか嫌な予感のする顔だ。
「そうだわ……妾がおもしろい男に会わせてア・ゲ・ル……ふふ」
己が思いつきに弾む声。
言葉の端々にサドッ気が見え隠れし、思わず身震いをした。

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