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「ヌメーレ湿原通称“詐欺師の塒”。二次試験会場へはここを通って行かねばなりません」
試験官の説明を受験生らは神妙な顔で聞いていた。
あれから階段を登り終え「やった出口だ」と思ったのも束の間、広がっていたのは獣の鳴き声が木霊する沼沢地であった。視界には鬱蒼とした樹ばかりだ。
唯一と言える人工物は私たちが通ってきた地下へと続く階段への入り口。しかしそれも今はシャッターに閉ざされている。
惜しくも目の前でシャッターに遮られた男が居たが…むしろ運が良かったのではないだろうか、
「この湿原にしかいない珍奇な動物達、その多くが人間もあざむいて食料にしようとする狡猾で貪欲な生き物です。十分注意してついて来て下さい。騙されると死にますよ」
なんせ生きて帰れるのだから。
一次試験後半と名付けたいここからは、まず間違いなく脱落イコール死なのだろう。
「……。泥が跳ねたら嫌だな」
「ぬしの心配はそれだけか」
刑部の呆れたような声が聞こえたが、私には死なない自信しかない。と言うよりもこんな所で死んだら旅団のリーダーとしての面目丸潰れじゃないか。
それに出がけにマチに言われたんだ、「怪我なんかしたらただじゃおかないからね!」ってね。目指せ、ハンター試験無傷制覇!
胸の内で決意を固めていると、
「ウソだ!!そいつはウソをついている」
建物の陰から男が叫びながら出てきた。
コチラの様子を窺う気配があるなと思っていたが、その正体はコイツか。
男は満身創痍といった体で、何故か手足の長い猿(?)を持っている。何それペット?
そして男は言う、己が本当の試験官だと。髭紳士……サ、サ?確かサテツさんだったよな…サテツさんの正体はヌメーレ湿原に生息する人面猿なのだと、手にした猿を見せてきた。
何だ、ペットじゃなかったのか…つまらん。
まあ確かにその猿とサテツさんは似てなくもない、実際受験生の中の何人かは揺れている。
が、次の瞬間に空を裂く音。
数枚のカードが飛んでいき、それはサテツさんを猿呼ばわりしていた男の顔面へと突き刺さった。ぐらりと崩れて地へと倒れた男からは僅かな呻き声すら上がらない……どうやら事切れたようだ。
「クック…なるほどなるほど◆」
それをやってのけたのはニタニタと笑うピエロだった。トランプを手の中で遊ばせている。
さらにピエロはトランプを死んだ“フリ”から起き上がり逃げようとした猿へ。
トランプはさくりと猿の頭に突き刺さり命を絶った。ぴく、ぴく…と死後痙攣を起こしている。
「あの猿、死んだフリを…!?」
騙されかけた受験生が驚きの声を上げた。
「これで決定…そっちが本物だね」
ハートマークでも飛ばしそうな勢いでピエロが指し示したのはサテツさん。
彼は投げつけられ受け止めたトランプをピ、と指で弾き落とす。猿扱いされたせいとピエロに攻撃されたせいだろう、不機嫌そうだ。
「試験官というのは審査委員会から依頼されたハンターが無償で任務につくもの。我々の目指すハンターともあろうものがあの程度の攻撃を防げないわけないからね」
ビックリするほど丁寧に教えてくれるピエロ先生。
貴様は意外と面倒見がいいのか? 
「褒め言葉と受け取っておきましょう。しかし、次からはいかなる理由でも私への攻撃は試験官への反逆行為とみなして即失格とします。よろしいですね」
「はい、はい」
肉食なのだろう、数十羽の鳥が舞い降りてきて男と猿の死骸を貪る。
びちゃびちゃ、ぐちゃぐちゃ…と食い散らかされる様子を受験生らは見る。大方、弱肉強食だとか自然の掟だとか考えているのだろう。
私と刑部も周りの例に漏れず食事風景を見ていた。
「あの鳥……結構可愛いな」
「なれば飼うか」
何故だろうか、人の輪が一歩遠ざかった気がする。
「それでは、参りましょうか。二次試験会場へ」
サテツさんの言葉に私たちはまた走り出した。

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