妹背

「三成様、お手をお放しくださいませ」
「私を置いてどこへ行く!私を裏切る気か!?あとその似合わない口調を改めろ!」
「もう!何でそんな話しになるの!?あと似合わないって何よ!人が折角……」
またやっているな、と騒ぐ男女の声を聞きながら思うた。
最早日常とも言えるそれを誰も止めようとは思わない。
皆、仔犬の戯れを見守る様な控えめな笑みを浮かべてそっと立ち去るのみだ。
「…飽きもせずようやる」
三成が心を砕く唯一の娘。
三成の幼馴染というこの娘は女中として影となり日向となり三成を支えてきた。
太閤と賢人殿が死した今、あの男が正気を保っているのはこの娘のお蔭だと言っても過言ではなかった。
「仕事しなきゃ睨まれるのはアタシなんだよ?」
きゃんきゃんと鳴き仔犬の様に三成へと噛み付く娘に、我らしくもなくつい笑みが浮かんだ。
「なればぬしにしか出来ぬ仕事をやろ」
「刑部!?」
「刑部様…!?」
声を掛ければ全く同じ様にくるりと此方を向き我の姿を目に移した。
子供の頃を共に過ごすと似るのであろうか。
驚きの声を上げ、ぱちりと瞬きを繰り返す二人の息の合ったその様子が可笑しかった。
「三成よ。ぬしはまた飯を食わなんだナ」
「…う…そう、だが…私には必要ない」
うろうろと視線を彷徨わせる三成。
数珠で軽く額を小突けば不満げに此方を睨むが己が悪いという意識は持っているのか文句は無かった。矢張りここはこの娘を使うが良いか。
「雄斗」
「はい!刑部様っ!」
呼び掛けに直立不動の姿勢で答える娘は何を申し付けられるかと僅かに顔を引き攣らせている。何とも正直な顔である。
「ここに大福がある。これを三成が食すまで見張るのがぬしの今日の仕事よ」
「は、はい…?」
包みを突き出せば慌てて受け取る女。
ワケの分からぬ、と顔を困惑に染める娘を意図的に無視して三成へと声を掛けた。
「三成」
「…何だ」
「大福はぬし一人では食べ切れぬ程あるが、それはすでにぬしの物。ぬしが<誰に>分け与えようが我には文句の一つも無い…分かったナ?」
「……ああ」
言うだけ言ってサッサと背を向けて立ち去る。三成が「刑部!貴様も一緒に、」と言ってきたが黒田に用があると返して断った。マ、本当は何も無いのだがナ。
「三成、これ」
「…。雄斗、茶を淹れて来い」
「えぇ〜!三成の方が美味しく淹れられるのに?」
「私は…貴様の淹れたものの方が好きだ!」
「アタシは三成が淹れたのが好きなの!」
「…ならば貴様の分は私が淹れる。だから、」
「うん。三成の分はアタシが淹れたげるね?」
背中の向こうでは聞いている此方が照れ入る様な会話を交わされている。
そして動き出す二人の気配。厨にでも行くのだろう。
ちら、と肩越しに見やれば三成が雄斗の手を引いて行く姿が在った。
呆れとも言えぬ、何ともむず痒い気持ちが湧き立つ。
ホンに、
「かわゆいものよナ」

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