おっさんはデフォ名にて失礼仕る!

「…おおう」
「…めずらしや」
畳の上に横たわるのは今生の父という男。でかい体をこれでもかと大の字に広げて部屋の真ん中に陣取っている。
慶松の言うように寝入った姿なんて珍しい。
呼吸音がほとんどしないその状態は死体みたいでちょっと怖かった。
「起きない、な…」
そろりそろりと近寄ってみても厳しげな顔は起きる気配も見せない。
どうにも気恥ずかしくて甘える事をしないできたので、父上の顔をこんなに間近に見るのは……一体いつ振りだ…?もっと小さな頃に抱き上げられて以来だろうか。
あの頃よりも随分と老けて見…えないな、逆に。あの頃からおっさんだった。
「えい」
「あ、バカ起きるぞ」
父上の頬を突付いてみる慶松に声を潜めて注意をしたがそれでも聞かずヤツは「えいえい」とまた突っついた。子供かよ!…あ、そっか子供か。
そうまでされても起きない父上は武将として大丈夫なのだろうか。…不安になる。
「何かわれもねむくなってきた」
「え?」
「つーわけで…」
いそいそと父上に身を寄せた慶松は、
「おやすみ兄上、おやすみ父上」
へらりと笑って父上の胸へと頭を擦り付けた。
「…、おやすみ慶松、父上」
私もそれに倣って父上に半ば圧し掛かり気味に横になった。


「珍しいな」
佐吉と慶松は自立心が強いのか遠慮が強いのか…あまり私たちの手を煩わせるような子ではなく二人だけで楽しげに話している事が多い。
とくに壱矢に対しては(嫌っているわけではないだろうが)距離を置きがちで、つい先日酩酊した壱矢がその事をぐだぐだと愚痴り少しだけ泣いた。
そんな子どもたちだが今日は違ったらしい。
「ふふ…良かったな壱矢」
壱矢の首に縋りながらくうくうと寝息を立てる佐吉。
壱矢の胸の上で身を丸くするようにして眠る慶松。
二人ともしっかりと壱矢の着物を掴んでいて、その姿に心が温かくなる。
ただ、さすがに二人分の重みはきついのか、
「ぅ…竹千代、テメェ…」
うなされる壱矢。一体どんな夢を見ているのだろう。
「おやすみ佐吉、慶松……壱矢」
私は壱矢の腕を枕にして目を瞑った。


目が覚めてみたら身体が重かった。
「ぐ、身体が動かぬ…」
俺の上には佐吉と慶松が身を寄せ合いして乗っている。
そして伸ばした右腕は寄り添うみつの枕にされているようだ。もう随分と長い事この状態なのか感覚が無い。
何故こんな状態になるまで目が覚めなかったのかだとか、むしろ佐吉と慶松は俺を嫌っているのではなかったかとか思うところは多々あるが…この温もりの前にはそんなもの瑣末な疑問であった。
胸の奥にむず痒い様な温かさを感じて幸せに顔が緩む。
「…仕方無し。もう少し寝るとするか」
そろりと腕を動かし右でみつを左で子供二人を抱え込むようにして、俺はもう一度瞼を閉じた。
「…みつ、佐吉、慶松…おやすみ」

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