「某が…某が遅れたばかりに又兵衛殿は…っく、己のこの身が情けのうござる……!」
唇を噛み締め肩を震わせる主の、その背中はどこか精彩を欠いていた。
つい昨日の出来事だ。
この大坂方の決死の戦はすでに夏を迎え終局であった。
道明寺での戦いで幸村様は…我々は伊達隊を一時的に後退させることに成功した。その代償はあまりにも大きかった、盟友後藤又兵衛基次の死。濃霧による遅延により私たちが…幸村様が駆けつけた時にはすでに彼は、死んでしまっていた。
幸村様は、もし自分が遅れなければ…とその一身に責を感じているのだ。
それは仕方のなかったことなのだ、と。そうお伝え出来ればよかったのに。だが幸村様はそんな言葉を望んでいらっしゃらないだろう。
だから私は、
「幸村様、今は悔やむ時ではありませぬ。なればこそ……あなた様の御手で徳川の首を討ち取るのです」
あえてこう申し上げよう。
「そう…そう、でござるな……すまぬ、弱気になっていた」
「いえ」
「そなたは…」
幸村様は険しい顔からふっと力を抜き、ともすれば笑みにも見える穏やかな表情で私をじっと見ていた。
「…無理に俺について来る事はないのだぞ」
「そうですか」
「そなただけでも生き長らえてはくれぬか」
「幸村様」
あなた様はなんと優しいお方だ。
そして愚かだ。

「主を見捨てて落ち延びたとして、私に一体何が残るのでしょう」

「悔悟の念を抱えた生を私は送らねばならないのですか」

「主を見捨てた卑怯者と謗られながら生きねばなりませんか」

「それとも、」
「もうよい。…よい、そなたの覚悟は分かった」
「それはよう御座いました」
ぐ、と唇を噛み締め耐えるような表情の幸村様。
「…、共に死してくれるか」
「御意に」
嗚呼…そんなお顔をさせたいわけではないのに。


(安居神社)

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