戦さなかに送られてきた平塚さんの歌を聞いて、
「契りあらば 六の巷に まてしばし おくれ先立つ 事はありとも」
大谷様はぽつりとこぼした。
ばかなあたしの頭でもこの戦の結果、負けが分かった。
部下の人たちが次々と大谷様の輿に近寄って挨拶をしてから、攻め寄せる軍勢へと向かっていく。
こんな状況だというのにだれもかれもが悲観した顔をしてはいなかった。
最後の一人を見送って、
「ぬしにサイゴの頼みがある」
大谷様はすっかり使わなくなったはずの刀を手に取る。
「介錯と、刎ねた首の始末を」
その言葉を聞いた瞬間に風がとまった。
怒号と喚声も遠のいた。
「首を何処ぞ人目に付かぬ土地に埋めてくれやれ。…そしてぬしはそのまま身を隠せ」
「どぉしてどーしてそんなことを言うのですかぁ大谷様ぁああ!」
「ぬしにしか頼めぬ、出来るナ?」
「いやだやだやだっ嫌ですっあたしも一緒に死にます死なせてくださいお願いですからぁっ」
「聞き分けよ」
やだやだ、なんて子どもみたいにくり返しても厳しい声でぴしゃりとはねのけられる。
「ひっく、ぐす、ぅっうぅっ…なんで、どうして。大谷様にとってあたしはいらない人間ですか」
「逆よ、ギャク」
聞いたことないような優しい声と頭に乗せられた手のひら。
包帯越しで体温なんて分からないはずなのにすごく温かかった。
「ぬしほど我を掻き乱す存在もあるまいて。こんな状況でぬしを生かしたいと思う程には……我はぬしを好いておるワ」
「大、谷っ様ぁぁ…」
大谷様はひどい人だ。
涙がぼろぼろぼろぼろ落ちてきてとまらない。
最後まで、最期まで大谷様の顔を見ていたいのに視界がにじんで姿が暈けてしまう。

「ぬしは生きねばならぬ」

とても穏やかな大谷さまの声に、あたしはうなずくしかなかった。

(関ヶ原)

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