これは三成くんの自業自得で、だからぼくがこうするのはしょうがないことだよね。

慶長五年九月十五日

ひりひりとした戦の空気にあてられて焦せる気持ちばっかりが高まってく。
もう開戦から一刻は経とうとしていたけれど、松尾山に陣取ったぼくは動かなかった。
いや、動けなかった。
「行かなきゃ……家康さんが呼んでるし……」
家康さんからの手紙には三成くんを裏切るって返事をしちゃったし……。
ああ、でも、西軍のほうが押してるように見えるなぁ、やっぱり東軍は不利かなぁ。
これ以上なにもしないでいるとどっちの軍にも居場所がなくなりそうだし……。
「あああ……どうしよう……決められない……」
戦なんて嫌いだよ。馬は嫌い、鉄砲も嫌い、鍋は好き、弓も嫌い……。
弱虫だのなんだの言われて、家臣にだって呆れられて、そもそもぼくになにかを期待するのが間違ってるんだ……それなら誰か代わってよ。ぼくは美味しいものを食べてすごしたいだけなんだよね。
どこかで陰口を言う人は嫌い、ぼくをぶつ人も嫌い、ぼくの気持ちがわからない人も嫌い……。
戦なんてしたくないのにそれを強いるふたりが、ぼくは……。
そんなこわい考えまででてきて体がぶるりと震えた。
「いったいどうすれば……ぼくには難しすぎるよ」
誰かが決めてくれればいいのに。
鳴りひびく砲の音、鬼気迫る喚声、腸をこぼした足軽のうめき声、なす術なく死んでいった兵の断末魔。聞こえるわけじゃない、でもたしかにそこにある。
土ぼこりを巻きあげる乾いた風が戦を運んでぼくの選択を急かしている。
ふたりはなんで戦えるのだろう。
とっくに死んでしまった人のためにどうして戦えるのだろう。
言葉だけで形のないものを誇ってどうやって戦えるのだろう。
ぼくにはどっちもできそうにない。けどぼくだって同じ一国の主なんだ。
見下されていたとしてもぼくだって、同じ……。
『貴様、秀吉様の御恩を忘れ血水を売るのかッ』
三成くんはこわい。
あの日、城に押しいった三成くんの怒鳴り声を、
『見ろ!憎悪が!永劫に!輪廻するッ!』
狂ったように鞘でぶたれた痛みを思いだす。
立ち去る後ろ姿をただ泣きながら見送るしかなかったみじめさを思いだす。
もし三成くんが勝っちゃったら絶対にひどい仕打ちをされる。
(でも、でも、)
きみが悪いんだ。きみがぼくをいじめるから悪いんだ。
「て、て、敵は三成くんだよ!みんな、早く三成くんを攻撃してぇーーっ!」
今はただ、ぼくの選択が正しいと信じて。

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