空の下で

死んで、次に『目覚め』た時、顔に触れる陽光がやけに柔らかいのに気づいた。
白い日差しを照り返すクリーム色の壁はどこか埃っぽい。
少しだけ故郷に似た町並みは、だが何の感慨も浮かばなかった。


町中で、となればそうそう愉快な『死に方』なんてない。
暴走車による事故かジャンキーに襲われるかはたまた頭上から植木鉢でも落ちてくるか。せいぜいその辺だろうと当たりをつけて身構える。
耳の隣で心臓が鳴る。
一拍、二拍、三拍、
暑くもないのに汗が流れ落ちた。
四、五、六、
せめて一瞬の苦痛であればいいと願う。
そしてそれが叶ったことは今のところ、ない。
七、 八、
いつまで経っても訪れない死に緊張し続けることは出来なかった。
膿んだ息を吐き出して、代わりに乾いた風を吸い込む。
どうやら今回は幾許かの猶予があるらしい。今までもこんなことがないでもない。
だからといって何が――例えばこの牢獄から抜け出す手立てを探すだとか――出来る訳でもなく、弛緩した体を壁に預けてそのままずるずると座り込む。
時があろうがなかろうが、どうせその内『死ぬ』。何か行動を起こしてやろうなんて気力は湧きようもなかった。そんなものだいぶ前に尽きた。
こんな俺へと、目の前をせかせかと通りすぎるヤツらは一瞥をくれることもない。
まるでゴーストにでもなった気分だ。……が、むしろありがたい。
俺はもう一度深い溜息を吐く。安堵のそれと呼ぶには絶望が兆している。
行き交う人の足、足、足、色とりどりに揺れる。
見ているでもない視界に映るそれらに少し酔う。
堪らずもっと下、不揃いな色と形の石畳まで視線を下げた。これでいい。
感覚に触れるのは、近いような遠いような雑踏の音だけ。
何時けたたましいクラクションに変わると知れずとも、それはいっそ愛おしいほどの安穏としたものだ。
まるで音楽を楽しむかのように俺はそれに耳を傾けていた。
無意識に吐いた息が少しだけ肺を軽くする。
「やっと来たのね」
突如として沸いたのは親しみのこもった声だった。
それが誰へのものか興味のない俺は座ったままで、ぼうっと足元を見るともなしに見ていた。
と、視界に白いミュールを履いた女の足が割り込む。
オレンジのペディキュアが塗られた爪がこちらを向いていて、そこでようやく先ほどの言葉が俺へ掛けられたものだと分かる。
「私ずいぶん待ったわ」
続いた言葉についと顔を上げた。
はっきりとした顔立ちに勝気な笑みを浮かべて女が俺を見下ろしていた。
誰かに似ている、気がする。
その『誰か』も分からないくせに。
言葉は、
「……。お前なんぞ知らん」
思いの外震えることもなく明瞭としていた。
近づくものすべてが俺を殺しにくるようで恐ろしくて堪らない。
しかしこの女にはそんな気持ちは湧かなかった。いつ豹変した女に包丁で滅多刺しにされるとも知れないのに。素人が殺そうとすると致命傷にならない傷ばかりで苦しい。
目の前に差し出された手に身が強張ることもなかった。
白い手のひらはとてもやわらかそうだ。
「さ、立って。一緒に行きましょう」
「行く?どこへだ、俺は……どこにも『い』けない」
女は困った風に、それでいて悲しげに眉を寄せ身を屈めた。
ふわんと化粧のにおいが鼻を掠める。
嫌なにおいでは、ない。
「ねえ、ソリッド、」
少し甘さを含んだその声に魂が震えた。
温かな女の手が俺の頬を緩く撫でていく。
ああ。
俺はこの女を、知っている。
消し尽くしたはずの過去から、あのサルディニアの夏から、やって来たこの女を。

「あなたの本当の名前教えてちょうだい」

そして俺は











「あなたを殺し続けるには僕は老いてしまった。だから――――おやすみなさい、ボス」

誰のものとも知れぬその呟きは、ティベレ川に流れていった。

(4/43)
←*prev | Short | next#→


×
- ナノ -