周章慕情

「吉継様吉継様」
「何ぞ」
ぱたぱたと仔犬のように駆け寄る娘に一声返せば、顔は猫に似た笑みを浮かべる。
このような崩れた病身を前に一体何が可笑しくてこの娘は笑うのであろうか。
我の前に立つ者といえばむっつりとした表情の三成か、はたまた恐怖に顔を引き攣らせた女中やら兵やらで。そんな顔を向けられるのは何とも居心地が悪い。
さて何を言うかと黒く濡れた眼差しをじっと見ておれば彼奴は「えへへー」などと気の抜けた声を漏らしながらだらしなく笑う。
それからややして放たれた言の葉の矢は。

「好き…です」

それは。

「気の迷いであろ」
「まあひどいです乙女の一世一代の告白を迷いの一言で済まさないでください私のこの貴方様を希う気持ちが迷いや惑いであるはずがありませんっ」
跳ね除ければ、ずいと迫り一息に捲し立てる娘。
なんだかくらりと目眩がした。
「……酔狂ナ」
「吉継様ほどじゃあござんせん」
成る程それもそうか。
いくさばの、屍の山の前で呆けておった娘を拾った酔狂者は我か。
小間使い程度になればよい、と考えたのが間違いだったのやも知れぬ。
拾わなければ今こうして煩わされる事も無かったというに。
ナニユエか此れを捨てようという気にはならないのだから不思議なものよ。
「吉継様吉継様」
「…何ぞ」
我ながら倦み疲れた声が出たものだと思う。
それでも娘はお構いなしに笑い、どうにも調子が狂わされるのは仕方の無き事であろう。


「口吸いしてもよろしいですか」


そうでなければこんな只の、少し頭の足りなそうな、素直そうな娘に、


「好きに…するがいい」


絆されるなど。

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