◎ ジャズと心中
深夜、午前1時30分。
事後の気だるい空気を吹き飛ばすように、枕元に備えつけてあるラジオからは軽快なジャズが流れていた。
「有三、寝タバコはやめてって言ってるでしょ」
「んんー、いいじゃん別に。大丈夫だって」
巽はうつ伏せのまま枕の上に灰皿を引き寄せて、ゆっくりと煙を吐き出した。
「なんかセックスした後ってさぁ、無性にタバコ吸いたくなんだよね。なんでかな」
「知らない」
「リツカちゃんもタバコ吸うようになればこの気持ちわかるって。……ね、もう少し音上げていい?」
リツカは黙って布団にくるまって、巽が腕を伸ばしてラジオの音量のつまみをひねるのを見つめた。
巽は特にがたいのいいほうではなかったが、女であるリツカの華奢な体に比べると、当たり前のことながらそのむき出しの腕はずっと太く、骨張っていた。
「有三ってさ、ジャズ好きなの?」
「うん、好きかな。レコード、けっこー持ってんだよ。見せたことないっけ?」
「ない」
「あー、そういやリツカちゃんにはジャズの話、ほとんどしたことなかったか」
「あの、ジャズバーって言うんだっけ、店の中にでっかいピアノがあるとこ。あそこよく行くから、好きなんだろうなとは思ってたけど」
巽が深く煙を吸いこむたびに、薄暗い部屋の中でタバコの先が赤く輝いた。
巽は目を閉じて、どこか歌うような口調で言った。
「オレが死んだらさ、葬式にはジャズを流して欲しいな。しっとりした静かなのじゃなくて、テンポが速くて陽気なやつ」
はじけるようなトランペットのソロがラジオから溢れている。
「なに?そろそろ死ぬ予定でもあるの?」
「やだなぁ、オレのひそかな夢を語ったまでだよ」
眉をしかめたリツカを見て、巽はけらけらと笑った。
「みーんな真っ黒い服着て暗い顔しててさ、オレの遺影の前に坊さんが座って、さぁ、お経が始まるんだろうなーってとこで大音量のジャズ。そしたらオレ、爆笑しながら成仏できるね。間違いない」
「成仏っていう仏教的な考えをもってるわりには、ずいぶんバチあたりな夢ね」
「そーかなぁー。最後に好きな音楽聞くくらい、カミサマだって許してくれるって」
甘美なピアノの旋律。
子供みたいな人だな、とリツカは思った。巽はいくつも年上であったが、ときおりリツカは自分が彼の姉かなにかになったような錯覚を覚えることがあった。
「こんどレコード聞かせてあげる。それで、オレの葬式で流す曲を一緒に決めようよ」
そう言って巽は楽しそうに笑うと、タバコを灰皿の上で揉み消した。