すぐ目の前で正座をして唇を結んでいるリツカの顔に一瞬だけ目をやって、カイジはまた背中を丸めてうなだれた。


「ねぇ、カイジ」
「……はい」
「あたしだってこんなことで長々と文句言うの嫌なんだけど」
「……はい」
「ギャンブルするのは個人の勝手だから何も言わないけど、どうしてスッカラカンになるまでスッちゃうの?あんたには計画性ってものがないわけ?しかも、こういう話するのって一回目じゃないよね。もう何回もしてるよね。それなのになんで学習できないのよ。三歩あるいたら忘れちゃうニワトリなの?」
「……返す言葉もありません」
「お金貸すのだって、もう何回目になると思う?あたしの手帳に今まであんたに貸した金額が全部メモッてあるけど、総額でいくらになるか知ってる?教えてあげようか?」
「いや…、結構です……。聞きたくないです」


リツカの口調は淡々としていたが、その声と表情には確かな怒気がにじんでいた。
カイジはしぼんだ風船のようなみじめな気持ちで自分の膝を見つめながら、リツカのお説教が終わるのをひたすら待っていた。

ことの発端は二日前にカイジがパチンコで大負けして、生活費まで失ってしまったことに由来する。
どうにも困ったカイジは、仕事帰りにカイジの家に立ち寄ったリツカに、金を貸して欲しいという事をひかえめに告げてみた。その途端、ニュースを見ていたリツカの顔がみるみる引きつり、静かにテレビを消して姿勢を正したのを見て、カイジはリツカがどうやら『ブチギレた』らしいということを悟った。
実はカイジはひと月ほど前にも全く同じ状況で金を借りていた。もちろんまだ一円も返してない。というより、返すあてすらない。
今までなんだかんだ小言を言いつつもカイジの面倒を見ていたリツカだったが、とうとう堪忍袋の緒が切れたのだった。


「っていうかよく考えたら、ろくに働いてないのにパチンコ行くのっておかしくない?」
「…それは、なんて言うか…、あの日はなんとなく勝てそうな気がしてさ…。あはは…」
「………」
「あ、すいませんでした…、なんでもないです」


リツカは眉を釣りあげてカイジをにらんだ。


「何度注意したって改善されないんだもの、あたしもいいかげん愛想がつきたわ」
「………」
「カイジのことなんかもう知りません。自分の思うままに勝手に生きてちょうだい。あんたがどこで何をしようと、あたしはもう何も言わないから」
「…リツカ……」
「ビール、あるよね」
「え、ああ、あるけど…」


リツカは立ちあがって冷蔵庫の前まで行くと、中から缶ビールを一本取り出した。

勢いよくビールを飲みながらリツカは、高校時代に友人たちから『絶対に将来、ダメな男に引っかかる』とからかわれたことを思い出した。
そのころ流行っていたドラマに出ていた、ちょっと性格が悪くて女好きな悪役が好みだと言ったことに対する、他愛もない雑談の一つだったはずだ。あのときは笑って流したが、今現在のこの状況を考えると、とてもじゃないが笑う気になどなれない。


「あのさ、ほんとごめん。マジで反省してます。次からはちゃんと計画的に金使うから、その、許してください…」
「似たようなセリフ、もう何回も聞いた気がするけど」
「い、いや!ほんとに今回はマジだからさ!本気で反省してるんだって」
「ふーん?」


リツカはビールの缶を片手に、横目でカイジの顔をちらりと見たが、またすぐに背を向けた。
カイジは部屋着として着ているくたびれたスウェットのすそを、持て余したように握った。


「オレ、頑張るから、だからその…、えっと、なんて言うか……」
「なに?」
「オレのこと、捨てないで、ください」


リツカは振り返り、正座をして肩をすぼめているカイジを見下ろした。カイジはうつむいたまま目だけをあげてリツカの顔を見た。
手入れのされていないボサボサの髪としゅんとした表情が相まって、カイジの姿はどことなく雨に打たれて濡れているイヌを連想させた。


「…カイジのバカ」


そんなのズルいじゃないの、とリツカは思う。

リツカがカイジに出会ったのは、友人に頼まれて人数合わせとして参加した合コンだった。
率先して場を盛りあげたり、やたら積極的に話しかけてくる他の男よりも、なぜだかリツカは、同じく人数合わせで連れて来られたことが見え見えのカイジのほうが気になってしまった。
その妙に目立つ長髪と、特に女の子と会話をするでもなく物憂げにタバコを吸っている姿に、ちょっとアウトローっぽくてカッコイイかも、などと思ってしまったのだ。
だから、先に声をかけたのはリツカのほうだった。


「バカバカ、バカ」
「……ごめん」


リツカは中身が半分になった缶ビールを机の上に置いて、カイジの前に座った。先ほどまでのきっちりした正座ではなく、多少くつろいだ座り方だった。

実際の伊藤開司という人間は自分の勝手な第一印象とは遠くかけ離れた、人付き合いが苦手で世渡りの下手なフリーターであるということをリツカはすぐに知った。
髪が長いのは床屋に行く金がないからだし、合コンで女の子とあまり話していなかったのは、単純に何を話せばいいかわからなかったからだった。
怠惰で、自堕落で、いわゆる典型的なダメ人間。それでもリツカは、カイジが気になるという気持ちを捨て去ることができなかった。


「約束、だからね。ちゃんと頑張ってよ」


リツカのその言葉に、カイジはパッと頭をあげて目を見開いた。
リツカは照れたようにそっぽを向いた。


「ああ!もちろん!」


さっきまでのしおらしい態度はどこへやら、急にしまりのない笑みを浮かべて正座を崩したカイジを見て、リツカはよくわからないため息をついてビールをひとくち飲んだ。

結局いつもと変わることなくリツカの頭の中では、今日はこいつにいくら貸してやればいいのだろうか、という計算がぼんやりと行われているのだった。


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