「赤木さん、あのね」

リツカの声が心なしかいつもより真剣な色を帯びていたので、赤木は、おや、と思って読んでいた新聞から顔をあげた。
リツカは先ほどと変わらず、薬局のくじ引きで当たったとかいう、足を挟みこんでコロコロと転がす謎の美容器具でせっせと太ももをマッサージしている。しかし、その表情にはどこか陰りがあった。第一、赤木に声をかけたはずなのに、目線は自分の足に向いたままで赤木のほうを見ようともしない。

「どうした」
「この間のことなんですけど、」

リツカはマッサージをする手を止めて、薄い水色に塗ってある足の爪を撫でた。

「会社の先輩にね、付き合ってくれって、言われたんです」

赤木はしばしリツカのことを見つめていたが、新聞に目を戻した。

「そうか。何て答えたんだ」
「最初は断ったんですけど、どうしてもって言うから、少し考えさせてくださいって言ってあります」
「ふーん、どんな奴なんだ、そいつは」
「…えっと、いい人ですよ。優しいしマジメだし。私より5つくらい歳上でメガネかけてて、機械とかに詳しいんです。部署がちがうから直接一緒に仕事をすることはあんまりないんですけど。あ、でも飲み会とかで話したときはおもしろかったです、すごく色んなこと知ってて」

赤木の目線は新聞記事の活字の上をすべっていたが、そこに書かれている内容はさっぱり頭に入ってきていなかった。

なんだよ、べた褒めじゃねぇか。

眉根を寄せた赤木の胸の内では、不愉快な何かが膨れあがりつつあった。

「…私、どうすればいいんでしょう」
「さぁな。お前がいいんなら付き合えばいいんじゃねぇの。いい奴みてぇだし」

リツカは驚いたように顔をあげ、赤木の白い髪を見つめた。赤木は相変わらず座椅子に腰を沈めて新聞を読んでいる。
リツカはまた、マッサージ器具を手に取った。

「結婚、するかもしれませんよ」

カラカラとリツカのふくらはぎの上でローラーが回る音が部屋の中で静かに響く。

「私だってもう学生じゃないんだし、その先輩だって、…あ、吉田さんっていうんですけど…、吉田さんだって大人なんだから、もしかしたら、結婚を前提に…ってことになるかもしれません。そしたら、そしたら……」

リツカはその先の言葉を言うことができず、口をつぐんでローラーを転がした。
『あなたのことをこうやって家にあげることはもうできません』
そう、続く予定だった。

突然、赤木は新聞を雑に畳み、バサっと放った。

「ダメだ」
「え?」
「つまりあれだ、お前がその吉田とかいう男の家に行ったり、そいつをここに連れてきたりするってことだろ。冗談じゃねぇよ」

赤木はテーブルの上にあったマルボロの箱を乱暴に揺すって中から煙草を1本取り出し、同じくテーブルの上に乗っていたライターを掴んだ。液化ガスの少なくなった使い捨てライターはなかなか火がつかず、赤木をいらだたせた。

「お前とその男がこの部屋でイチャついたりすんのか?ふざけんな。そんなことになってみろ、あれだぞ、その吉田とかいうのが来る前に俺がここに来て、俺とお前がヤってるとこをそいつに見せつけてやるからな」

リツカは目を丸くして赤木が苦々しげに煙草のはじを噛みつぶす様子を見つめていたが、徐々に笑いがこみ上げて来たらしく、数秒肩を震わせてからとうとう噴き出した。

「ふ、ふふ、あはははは!な、なんですかそれ」
「なに笑ってんだよ」
「だ、だって、み、見せ、見せつけるって…!そりゃないですよ!ぷ、ふ、ふふ」
「…………」

赤木は眉根を寄せたまま横を向いて、煙草の煙を吐き出した。
リツカはひとしきり笑っていたが、落ち着いたのか、ニコニコしながら赤木のそばに近づいてきて身を寄せた。

「わかりました、やっぱりちゃんと断ることにしますね」
「……いいのか」
「さっきはダメだって言ったじゃないですか」
「そりゃそうだけどよ」
「いいんです。実はね、趣味がちょっと合わなそうだなって思ってたんです。というか、最初から断るつもりだったし」

赤木の肩に、リツカが頭を軽く乗せる。

「私には赤木さんがいるから」

妙に嬉しそうなその様子に、赤木は少しだけ目を細めて呆れたように笑うと、腕を伸ばしてリツカの頭をぐしゃぐしゃと撫でた。



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