先程ラジオで聞いた情報通り、夜更けの上り関越自動車道は全体的にやや渋滞気味だった。連休の最終日であるせいだろう。


「この調子だとあと2時間はかかるな。疲れてるだろ?寝てていいぞ」


助手席で眠たげな目をしているリツカは、ええ、と生返事をして、窓の向こうに目をやった。

東京まで戻ったらやらねばならない仕事の量と今の交通状況とを考え、いったいベッドに入れるのは何時になるだろうかと頭の中で計算する。歳のせいか酷く体に応えるので徹夜はしたくない。
つい数時間前に笑顔で握手を交わした地方議員のいけ好かない顔を思い出し、俺は内心舌打ちをした。 本来ならば夕方にはあちらを出られる予定であったのに、あのクソ野郎の勝手な都合のせいでこんなに遅い時間になってしまった。

ゆるゆると高速を走っているしばらくの間、俺もリツカも何も言わず、車のエンジン音だけが沈黙の中で静かに響いていた。眠ってしまったのかと思いリツカのほうをちらりと見たが、彼女はしっかりと目を開けて外の景色を眺めていた。
道路の脇に等間隔で設置された外灯の明かりがリツカの顔と黒いスーツを照らし出しては消え、照らし出しては消えを繰り返しているのが視界の端に映っている。


「銀さん、私ね」


ふいに、リツカが口を開いた。


「こうして夜の高速道路を見てると、なんだか不思議な気分になるんです」


俺に話しかけているというよりは、独り言を呟いているような調子だった。


「まだ、私がずっと小さかった頃を思い出してしまって。なんて言えばいいのかわからないんですけど、懐かしいような、苦しいような、変な気持ち」


リツカはそう喋っている間中ずっと窓の外を眺めていて、やはり疲れているようだった。
俺が政治家先生たちと和やかに会食をしている間、諸々のセッティングから雑用までを一人でこなしていたのだから仕方の無いことだろう。


「珍しいな。お前がそんなことを言い出すなんて」
「そうですか…?」
「ああ」


サービスエリアの案内看板と、制限速度の標識が流れて消えていく。

リツカが黙ったままなので、俺はさっきまで頭の中で行っていたシミュレーションを再開した。今現在のおおまかな位置を頭の中にある地図と照らし合わせ、新宿まで一番早く着けるのはどれだろうと何通りもルートを考えるのだ。
もっともこれから通る予定の道順は俺の中ではっきりと決まっているので、これは単なる暇潰しである。


「家族で、遠くの遊園地のようなところに出かけるでしょう。一日中遊んで、帰るのは夜遅くになりますよね。普段ならもう寝ているような時間に車の中にいるんです」


いきなりの発言に、一瞬、何を言われているのか分からなかったが、すぐにリツカが小さい頃の話の続きなのだと思い当たった。


「父さんが運転していて母さんは助手席で、私は後ろの席。ずっと遊んでいたから疲れて半分うとうとしながら外を見ているんです。高速道路。こうやって暗闇の中に電灯のオレンジ色の光が点々と連なっていて、信号もないから止まることもなくて、誰も喋らないから、静かで」


リツカは座席の背もたれに頭を預けて目を閉じた。


「早く家に着かないかなぁと思ってるんですけど、それと同時にどこかで、ずっとこうしていたいと思ってるのも確かなんです。家になんて着かなければいい、ずっとこのまま夜の高速を見ていたい、って」


そんなことを、思い出すんです。


彼女の声はまるで受話器ごしかのようにぼんやりとしていた。

顔には出さなかったが、俺は驚いていた。リツカが自分の家族のことや幼い頃のことを話すのは初めてだったからだ。
普通、取留めもない世間話の中には多かれ少なかれ個人的な家庭環境の話が混ざるものだが、リツカが話すのは現在の自分のことばかりで決して過去を語ろうとはしなかった。それが何故なのか俺は知らなかったし、知る必要もないと思っていた。


「残念だが、俺はお前の親父さんじゃないぜ」


茶化すようにそう言うと、リツカは頬を緩めた。


「歳はあんまり変わりませんけどね」
「おいおい、傷付くこと言わないでくれよ」


俺は笑って、アクセルを踏み込んだ。

リツカが俺の過去を知らないように、俺の知らない少女時代をリツカも持っている。人間なんてそんなものだ。


「俺もな、こうやって夜の高速を長く走ってると変な気分になる時があるよ」


リツカは自分の手元に落としていた目線を上げた。


「馬鹿みたいな話なんだけどよ、このままずっと走ってったら俺の知ってる日本じゃない、どこか別の世界に飛ばされちまうような気になることがあるんだ。インターチェンジを降りたら知らない街が広がってました…なんてな。そこまでSFファンって訳でもねぇんだが」


リツカは面食らったように俺の顔をまじまじと見つめた。それから堪え切れなかったのか、ぷっ、と噴き出し、くすくすと笑いながら言った。


「天下の銀王様も、そんな風に思うことがあるんですか」
「ガキみてぇで恥ずかしいから誰にも言わないでくれよ」


俺はぐいとハンドルを切って、空いた隣の車線へと移った。
規則的な外灯の光と車のヘッドライトが夜の闇の中で、どこか非現実的に輝いていた。



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