強面×怖がり2


 我が家に鬼がやってきてから暫く経った。鬼の名前は紅兜(コウト)といって、床に届くほど長い深紅の髪と、褐色の肌を持つ美丈夫である。額から生える二本の角はスラリと逞しく、彼が人ならざるものだということを嫌というほどにしらしめている。白を基調とした古めかしい装束に身を包んだ彼の姿は、まさしく人の心を惑わす“鬼”そのものだった。
そんな紅兜が、今では灰色のスウェット姿で我が家の居間に寝っ転がっているのだから、人生とは真にどう転がるかわからないものである。俺はそんな紅兜に近づいて、その頭をペシリと叩いてやった。

「こら、風呂からあがったら髪の毛を乾かしてって、いつも言ってるでしょ」
「んー……」

けれど紅兜は愚図るように眉を顰めるだけで、一向に動こうとしない。俺はその様子に溜息をついて、ドライヤーを片手に紅兜の横に腰を下ろした。出会ったばかりの頃、紅兜の髪の毛はそれはもう解れて絡まっての大惨事だった。櫛を通すだけでも一苦労だったし、何より髪の毛に触ろうとすると紅兜が酷く嫌がるのだ。でも、今ではこうして黙って俺に手入れをさせてくれている。嫌悪するどころか、俺の膝に頭を乗せるようにしてウトウトと気持ちよさそうに微睡んでいるのだ。それがまるで警戒心の強い犬猫が俺にだけ懐いてくれたみたいで、何だかすごく擽ったい。俺はドライヤーの柔らかい風を当てながら、せっせと紅兜の髪の毛を乾かしていく。俺がこうして紅兜の髪の毛を触らせて貰えるようになってからというもの、クシャクシャの毛玉みたいだった紅兜の髪は、極上の絹糸のように美しくなった。俺はそんな紅兜の髪の毛に指を通してはニヘラと頬を緩める。別にこれといって他人の髪の毛の美しさに拘りを持っていたつもりはなかったのだが、どういうわけか紅兜の髪の毛が綺麗だと俺は嬉しいらしい。俺は乾かし終わった髪の毛を弄っては、またヘニャリと顔を綻ばせる。すると、紅兜が俺の膝の上に頭を乗せたまま、寝ぼけ眼でこちらを見上げていた。

「……青(アオ)、終わったのか?」
「あ、うん。そろそろ寝る?」

そう聞くと、紅兜は幼子のようにコクリと頷いた。俺はそれに微笑みながら、寝室にいく前にもう一つやることがあったのを思い出す。ちょっと待ってね、と声をかけてから寝間着のポケットの中に手を入れた。そして、そこから何の変哲もない髪留めを取り出す。それから紅兜の長い髪の毛に手を滑らせ、三つの束に分けてから慣れた手つきでそれらを一つの太い束へと編んでいく。所謂三つ編みというやつだ。紅兜の髪の毛はその体躯と同じくらいの長さがある上に、量も多い。こうしてやらないと、寝てるうちに髪の毛を下敷きにして、寝返りをうつ時なんかに巻き込んでしまうのだ。俺は出来上がった三つ編みをしっかりと留めてから、よし、と頷く。

「それじゃあ、寝ようか」
「ん」

紅兜は目を擦りながら、足を引きずるようにしてノソノソと寝室に向かう。その後姿を見て、大きな子供みたいだなあと俺は苦笑した。それから畳の上に敷かれた二組の布団にそれぞれ横になる。天井から吊り下げられた照明を、紐をカチカチと引っ張って消した後にそっと隣の紅兜を見やると、既に規則正しい寝息をたてていた。俺はそれに小さく微笑んで、そっと「おやすみ」と囁いてから目を閉じる。暗くなった視界の向こうでムニャムニャと紅兜が返事をしたような気がした。
それからどれくらい経っただろう。俺はふと目を覚ました。そして、「またか」と息を吐く。布団に横になったまま肩越しに後ろを振り返ると、案の定暗闇の中でも紅く光る紅兜の頭がそこにあった。こんな風になったのはいつからだっただろうか。少なくとも、紅兜と暮らすようになった当初はこんなんじゃなかった。確か、紅兜が髪の毛を触らせてくれるようになったのと同時期だったと思う。寝室にはちゃんと二人分の布団が用意されているというのに、夜な夜な紅兜は俺の布団に侵入してくるのだ。紅兜は後ろから俺を抱きかかえるようにして、俺の肩口に顔を埋めてスヤスヤと寝ている。そして、どういうわけか結んでやった三つ編みがグルグルと俺の身体に巻き付いているのだ。それは決して息が詰まるような拘束ではなくて、むしろフワフワと心地いいのだけど、どうしてこうなっているのかはよくわからない。毎度毎度丁寧に巻き付いているものだから、もしかしたらこの三つ編みは動物の尻尾のように神経が通っているのではないかと俺は真剣に考えている。紅兜は鬼なのだから、それくらいの不思議があってもおかしくないと思う。俺は紅兜が犬のようにブンブンと三つ編みを振っている様を想像して、思わずクスリと笑みをこぼした。それは悪くないかもしれない。すると、その振動が背中越しに伝わったのか、紅兜が「ん」と声を漏らす。もしかして起こしてしまったのかと慌てて息を潜めたが、どうやら何てことはなかったようで、直ぐにまた心地良い寝息が聞こえてきた。俺はそれにホッと息を吐いて、それから離さないとでもいうように身体に回された紅兜の腕にそっと手を添える。この体勢も、最初の頃はそれはもうびっくりしたものだが、今ではすっかり慣れてしまった。というより、俺自身も最近ではこうしている風がずっとよく眠れるのだ。ピタリとくっついた紅兜の体温がとても心地よい。俺はその感覚に抗わず、ゆっくりと再び目を閉じた。
 鬼は外。福は内。つい先日まで声高らかに言っていたその常套句も、これからの我が家では「鬼は内。福も内」なんて随分と贅沢な言葉に変わっていきそうだ、と心のなかで小さく笑った。


prevtopnext


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -