浮気×平凡2


俺の幼馴染である藤野准(フジノ シュン)と中村雅也(ナカムラ マサヤ)は付き合っている。それを知った時、俺は少し心配になった。雅也は所謂イケメンというやつで、女の子にかなりモテるし、それに対して雅也自身も満更ではなさそうな顔をしている。そんな雅也とは対象的に准は真面目で、物静かで、はっきり言ってしまえば地味な奴だ。だから、女癖の悪い雅也に振り回されて准が苦しい想いをしているのではないかと思ったのだ。だけどそれは余計なお世話だったようで、この二人は俺が考えているよりずっと深い絆で繋がれているらしい。それなら、第三者の俺があれやこれやと口を挟むのは野暮というものだ。俺は二人の幼馴染として暖かく二人を見守っていこう。
そう思っていた筈なのに、早速そうも言ってられなくなってしまった。今朝、教室に足を踏み入れた時から何かしらの違和感はあった。その時にはまだ明確にどこがおかしいとは言えなかったけど、今ならわかる。准と雅也が目を合わせないのだ。というより、准が意図的に雅也の方を見ないようにしている。昼休みになって三人で仲良く机をくっつけて弁当を広げている筈なのに、准は手元に視線を落としているばかりで、目の前で捨てられた子犬のような目をしている雅也のことなどまるで見向きもしない。遂には雅也が椅子の上で器用に丸くなってしまった。これにはさすがに俺も黙っていられなくて、そっと准に問いかけた。すると、准は弁当を突付く手を止めずに答える。

「雅也が浮気をしてたんだ。女の子とキスしてた」
「だから違うって! あれは事故なの!」

准の言葉にすかさず雅也が顔を上げて否定する。しかし、准は聞く耳を持たないというようにプイと顔を背けてしまった。その様子に俺は思わず苦笑する。話によると、事の始まりは昨日の放課後のこと。二人はいつも一緒に帰っているのだが、その日は雅也が掃除当番だったため、准は一足先に昇降口で待っていた。しかし、いつまで経っても雅也がやってこない。心配になって教室に行ってみると、そこで雅也と女子生徒がキスをしていたのだという。そして雅也曰く、掃除が終って帰り支度をしている時に突然女子生徒に声をかけられ、そのまま告白されたので断ると、無理矢理キスをしてきたそうだ。

「いきなりされたから俺の意思じゃないの! 事故、事故です! 犬に噛まれたようなもんだって!」
「でも、それって雅也が油断してたってことじゃないの?」
「うっ……」

雅也は両手をバタバタ振って必死に弁解していたが、准の冷たい一言でグッと押し黙ってしまった。それから何かを言いたげに暫く口を開閉していたが、すぐに唇を噛み締めて泣きそうに顔を歪めてしまった。その頭の上にペタンと伏せた犬の耳が見えたような気がして、思わず俺まで縋るような目を准に向けてしまった。すると、准は大きく溜息を吐いて、そっぽを向いたまま誰にともなく声を上げた。

「あー、なんかすごく焼きそばパンが食べたいなあ」

准がそう言った瞬間、今まで膝を抱えていた雅也がいきなり立ち上がった。そのまま財布を引っ掴むと、「買ってくる!」と叫んでものすごい勢いで教室を出て行ってしまった。廊下の方で「走るな!」と注意する先生の声が余韻のように響いていた。呆然と雅也を見送っていた俺は、次に窓の下に視線を移す。隣の准も同じように首を伸ばした。この学校は、売店に行くには一度昇降口を出なければいけないという面倒くさい造りになっている。この教室は丁度昇降口の上にあるから、その様子がよく見えるだろう。暫く経つと、案の定革靴を足に引っ掛けた雅也が転がるように飛び出してきた。しかし、その時ピタリと数人の女子生徒が通りかかり、雅也を見るなり目を輝かして群がってきた。雅也はそれを無下に扱うことも出来ず、困ったように眉を下げながらも一人一人に笑顔を返してやる。ああいった所が雅也の美徳でもあり、悪いところでもある。ただし、今回はマズイんじゃなかろうか。ただでさえ女の子のことで准の怒りを買ったというのに、これでは逆効果だ。俺は恐る恐る横目で准を伺った。しかし、准は不機嫌そうに眉間に皺を寄せているわけでもなければ、苦しそうに目を逸らしているわけでもなかった。准はフワリと目を細め、口元に笑みまで浮かべていたのである。その穏やかな表情に俺まで目を奪われてしまった。

「えっと、准?」
「ん?」

信じられない気持ちでそっと声をかけると、やはり准は何も気にした様子もなくいつも通りの声音で返事をする。

「あのー……もしかして、怒ってない?」
「うん? もちろん。事故だってわかってるし、仕方ないよね」

俺だっていきなり女の子に突撃されたら避けられないと思うし、と准は笑って言った。

「じゃあ、何であんな?」

准の気持ちも行動も、何もかもがわからなくて、俺は首を傾げた。准と俺は小学校から同じ学校に通っていて、家もお隣さんだったから今までずっと一緒にいたというのに、どうしてもわかってあげることが出来ない。すると、そんな俺に准は困ったように微笑んだ。俺を見るその目は、聞き分けのない子供をあやすような優しい目だった。

「うん。これは調教だからね」

そう言うと、准はまた雅也に優しい目を向けた。ただただ愛しいものを見るような暖かい瞳だ。やっぱりよくわからない。だけど、准が俺に向ける目と、雅也に向ける目は同じようでいて全く違うのだと気付いた。あれが好きっていう形なのかな、と思うと何だか擽ったかった。どうやら二人の“好き”は思ったより難解らしい。


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