美形×オヤジ


 俺は狼。頭とお尻に生えるフサフサとした焦げ茶色の耳と尻尾が自慢だ。狼は山の中でも位が高く、見目麗しい容姿の者が多く産まれるから、獣中の憧れの的である。獲物を狩る姿は刀身のように澄んでいて、月夜に吠える横顔は宛ら一輪の百合の花。女は男を従わせ、男は女を侍らせる。それが、肉食獣としての狼の姿だ。
 しかし、何処にでも例外はあるもので、

「え、えーっと、」
「……どうぞ」
「あ、ありがとう。でもね、俺……むぐ、」

唇にひやりと冷たいものを押し付けられて、俺は小さく呻いた。目の前には、無表情のままその細い指で摘まんだ野菜を俺の口へ運んでくる美形の男。その頭には真っ白な長い耳がピコピコと跳ね、ここからは見えないが、お尻には小さな丸い尻尾が付いているのだろう。そう、彼は紛れもない兎なのだ。兎と言えば、性別を問わず小さくて柔らかい容姿をしていて、愛玩動物として有名だ。それなのにこの兎君はどういうわけか背が高く、体つきもしっかりしていて、そして何よりも、彼は目を奪われるほど整った顔立ちをしている。

「不公平だ……」
「ん?」

俺が思わず愚痴を溢すと、兎君が不思議そうに首を傾ける。耳がその動きにあわせてピョコリと揺れて、可愛らしい。かっこいいのに可愛いなんて、兎君はずるい。それに比べて、と俺は自分の身体を見下ろす。まさに貧相と言う言葉がぴったりな体型だ。俺は狩りをするのが苦手で、いつも野菜や木の実ばかりを食べているせいで自然とこうなってしまい、一夫多妻が基本である狼族のくせに三十路に入った現在も未だにお嫁さんの一人も貰えていない。それに加えて、先日、木に登って果物を採っていたら誤って転落し、利き腕を怪我をしたために自分で食事をすることも出来なくなってしまった。だからこうして兎君に食べさせて貰っているわけなのだ。捕食者である筈の狼が兎から餌を与えられるなんて、情けなくてしかたがない。

「兎君、もういいよ……むっ」
「まだ、あります……」
「ふぇ、ふぇほぉ、ふはぁひふんのふんはぁ(で、でも、兎君の分が)」
「……たくさんあるんで」

そう言って兎君は次々に俺の口の中に野菜を放り込んでくる。俺は咀嚼しているものを慌てて呑み込んで、兎君の手を掴んだ。

「も、もうお腹一杯だから、ね?」
「……そうですか」

兎君は渋々頷いて力を抜き、握ったままの二人の手が重力に従ってポスリと俺の膝の上に乗っかった。俺は離すタイミングを失い、手を繋いだまま何だか気まずい空気が流れて、フラフラと視線をさ迷わせる。

「そ、そう言えば、兎君と初めて会ってからもう半年になるんだね!」
「そうですね……」
「あの時はびっくりしたよ。人間が仕掛けた罠に、まさかこんな大きな兎がかかっているなんて」

喋っているとその時の光景が思い出されて、俺は思わずクスクスと笑い声を漏らした。
 半年前、いつものように散歩を楽しんでいた俺は、ガシャガシャと耳障りな音を聞いた。急いで音の源に辿り着くと、立派な体躯をした兎が罠にかかって呻いていたのだ。俺は直ぐにその兎を助けて、怪我が癒えるまでの少しの間、彼を家で看病した。それが、この兎君。それからというもの、兎君は毎日のように俺に会いに来て、木の実だったり、果物だったり、今日のように野菜だったりをお裾分けしてくれるのだ。もう十分だよ、と言っても兎君は聞いてくれない。

「まったく、兎君は危機感が足りないんだよ。こうやって狼と仲良くしたりして……、もし食べられちゃったらどうするの?」
「あなたは、しません……」

兎君ははっきりと言う。信頼してくれるのは嬉しいが、そこまで断言されると肉食獣としてのプライドが黙っちゃいない。俺はグワッと手を広げて、兎君に覆い被さった。

「そんなことないぞー、こうやっていきなり、食べちゃうぞー!」

油断していた兎君は呆気なく俺に押し倒されてしまう。

「ははは、なーんてね……」


俺は子供のように笑いながら顔をあげ、息がかかるほど近くにある兎君の瞳に、思わずギクリと固まった。床に転がった兎君の胸板に手をついて、まるですがるように身体を寄せていることに今更気づき、ボッと頬に血が上る。

「ご、ごめんね、」
「狼さん」
「は、はい!!」

完全にパニックに陥ってる中、兎君の凛とした声が頭に響き俺は大きく返事をする。そんな俺に兎君は少しだけ口角をあげて、

「多分、食べられるのはあなたの方です」

聞こえるか聞こえないか位の小さな声でそう囁き、カプリと俺の鼻の頭に軽く歯をたてた。それは直ぐに離れていき、俺はただ呆然と目を見開く。

「え、え……?」
「ほら、安静にして……」

兎君は何事もなかったかのように俺を起き上がらせ、優しくベッドに座らせる。俺は頭がこんがらがって、ただ忙しなく瞬きを繰り返すことしかできない。今、だって、兎君が―……

「じゃあ、帰ります……」
「あ、う、うん! 気を付けてね!」

漸く我に返って、兎君に目を向ける。兎君はしっかりと頷いて玄関を開け、外に一歩踏み出した所で肩越しにこちらを振り返った。

「……次は、もう少し頂きます」

そう言って兎君は悪戯っぽく微笑み、パタリと扉が閉まった。俺は暫くの間、兎君の残り香に浸り、それからじわじわと広がっていく身体の熱をどうしたらいいのかわからず、枕に顔を埋める。先程の兎君の言葉が頭の中をぐるぐると回って、俺はぎゅうっと瞳を閉じた。
ああ、食べられてしまうかもしれない。


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