今、愛車の中に居るのは俺と一人の女だけ。別にそういう関係ではなくただの仲間、ただ周りはみんな多分この彼女のことを昔の仲間と重ねている。
俺は昔も今もその昔の仲間の一人があまり好きではなかった。何故かは知らない、多分どこか弱くて何かを隠していたから。狩沢もあんまり好いてなかったんじゃねえかと、今になって思う。
「あ、この曲いい」
「だろ?」
突然口を開いた彼女は車の中に流れていた女神の曲を誉めた。これは恋が叶わない曲、あのアイドルの曲の中でも切ないラブソングと評判が高い曲だった。彼女の心と重なるんだろう、何せ元恋人と自分を重ねている恋人への曲だったから。
「今度CD貸すな」
「ありがとうございます」
流れるメロディとミラー越しに見える彼女の表情に、なんだか苦しくなってしまった。だから触れてはいけないことに触れてしまったんだと思う。
「平気か、最近は」
「………」
「黙るなよ、一応これでも心配してんだよ」
彼女の泣いてる所を一度だけ見たことがあった。女の涙は苦手だった、弱くてずるいから。それなのに好きだと思って、俺はただ黙って彼女の話しを聞き続けた。
泣いてる彼女が今にも消えそうだと云う不安に溺れかけた。その時その不安は杞憂だと思い直したのに、そうではなかったんだ。彼女はその後、一度も涙を見せてはくれない。
「大丈夫じゃないんだな」
「大丈夫ですよ」
「嘘吐け、そんな顔して大丈夫な訳があるか」
大丈夫だ。といつも通りに彼女は笑った。いつも通りの顔が大丈夫ではないから、わかるんだ。この笑顔は毎日のように見る、ただ仮面が貼り付けてあるようにしか見えない。
「…泣きたきゃ泣いていいんだぞ」
「意外、渡草さんがそんなこと言うの…女の涙とか嫌いそうなのに」
「ああ、嫌いだ。だけど例外だってあんだろ?」
きょとんとした表情からはいつもの仮面が外れていたような気がして、なんだか可笑しかった。
「一度見てんだ、放っておけねえよ」
女に泣かれるのは嫌いだが、彼女の涙を受け止められる人ではありたかった。だから彼女が小さく言ったお礼が、車の中に流れる音楽みたいに心の奥に響いた。
重なる音は寂ていく
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