狼ハニー(隼人編) | ナノ


 隼人side
 無理矢理キスをした。
この手から、離したくなくて。
ようやく手に入れた宝物を、壊したくなくて、でも触れたくて。
欲張りにはなってはいけないと戒めていた。
希望を持っても意味がないと何度も自分を制御していたのに。

 鈴が、自分のことを軽蔑する視線で見つめた刹那、自分の中の抑え込んでいたものが溢れた。
 離したくない。この手は、ぬくもりは自分のものだ、と自分の中の隠していたみっともない“自分”が暴れた。

そして…

『やめろ…!』
鈴は、ずっと昔の過去の記憶と同じように、拒絶した。



 言いしれぬ不安に1日を過ごしていた隼人の元に1通のメールが届いたのは、鈴が隼人を拒絶した日の午後のことだった。
メールはたった一言『鈴ちゃん保健室』だけ。
差出人は、春彦だった。
 嫌な予感に隼人は舌打ちすると、そのまま同僚を言いくるめ、午後の診察を変わってもらい、鈴が通う高校まで直行した。

 隼人が息を切らし保健室の扉を開ければ、中にいたのは春彦だけ。春彦は優雅に足を組みながら、珈琲を飲んでいた。

「すごい血相でやってきましたね。先輩。
あいにく先輩が愛したウサギさんは、もう逃げちゃいましたけど。悪い狼に捕まりたくなかったんでしょうね。ほわほわしてるけど、懸命なウサギです」
「鈴は…どこです…?」
「さぁ。さっきまでいたんですけどね。
反抗期かもしれませんね?
先輩のバケの皮が剥がれて、可愛いウサギは怯えちゃったのかもしれませんねぇ」
ズズズ、とゆっくりと珈琲をすする春彦と比例するように、隼人は落ち着きなく苛だたしくスマホの画面を見つめている。


「ウサギちゃんからの返信はなし?バケの皮剥がれそうなオオカミさんは必死なのかな」
「化けの皮だと…?」
「身に覚え有りありですよね?先輩。
僕、まだあの時の傷、治ってないんですけどね。
あの“女”のこと、鈴ちゃんが知ったらーー」

“あの女”
 そう春彦が口にした瞬間、隼人が春彦の胸倉を思い切り掴んだ。

「…余計な事、話してないだろうな…」

 凄みを効かせた声音に春彦は一瞬ゾクリと身を震わせつつ、隼人の身体を押し戻した。

「おそかれはやかれ、知ることになるでしょう。
あの女だけじゃない。あんたは今までいろんな女と寝てきたんだから。“利用”してたんでしょう?手に入らない子の代わりにずっと。その報いですよ…。少しはあんたも反省したらいいんです」
「報いだと…?」
「それに…先輩。あんた、あの子のこと本当に好きなんですか?」
「…何?」
「まるで、あの子を好きなんじゃなくて、あの子自身を手に入れたいだけみたい…。あの子本人じゃなくて、ただ手に入れたいだけみたいな…」
「…何が云いたい?」
「なにも。ただ、僕が思ったことを素直に口にしただけなので、気に触ったのなら謝りますよ。
でもね、先輩。鈴ちゃんは多分、綺麗なだけのお人形じゃないと思いますよ。
ちゃんと愛してあげないと。
欲しがるだけじゃなくて、可愛がるだけじゃなくて。
自分ばかりが我慢する関係とか、相手に遠慮する関係なんかじゃ、きっと破綻する。

あの子の全部をひっくるめて、愛してやらなきゃきっと、念願のあの子を手に入れたとしても、きっと、先輩振られるよ。
先輩の愛が信じられなくて、先輩を怖がるようになると思う。
先輩が“ちゃんと”あの子を愛してあげないと、あの可愛いウサギさんは愛情不足で死んじゃうよ」

隼人が無言でいると、春彦は保健室の戸棚からコーヒーカップとインスタント珈琲を取り出し、お湯を注いで隼人の前に差し出す。
ミルクも入れられてない珈琲を隼人がじっと見つめていると、

「そのうちさ、先輩に呑まれて、鈴ちゃんまで真っ黒になっちゃうんじゃない?あんな純粋な子、先輩の感情だけで振り回したら可愛そうだよ。なにがそこまであの子のこと、惹きつけられるのか知らないけどさ。
あんたは鈴ちゃんを、自分と同じように黒くしたいの?」そういいながら、隼人用にと出されたカップへミルクを注いだ。

「珈琲みたいにうまくは溶け込めないよ。人間は」
「……私は…、あの子を」
「鈴〜、ああやっぱいないか」 
ガラリという音とともに保健室の扉が開かれ、隼人も春彦も驚きに視線を扉へ移す。
ひょっこりと顔を出したのは、隼人もよく知る鈴の側を離れないおじゃま虫・剛だった。


「鈴がこっち来てないよな? 先生」
「さっきまで居たんだけどね。狼が怖くて逃げちゃたのよ。なに?急用?」
「ああ、朝から鈴沈んでたみたいで、様子がおかしかったんだよ。極めつけは、俺を置いて見知らぬ男を走って追いかけちゃうし」
「見知らぬ男…?どういうことだ…」

今にも殴りかからんとする形相の隼人に、普段は荒くれ者に囲まれた剛でも驚きに目を見開く。

「な、なんだよ。おっさん。そんな必死に。それに、なんでおっさん学校にいんだよ。仕事はどうしたんだよ、仕事は」
「それは鈴ちゃんを沈ませた原因が、ここにいる先輩のせいだからだよ」
「…へぇ。あんたのせいで。それは詳しく知りたいんだけどなぁ…」
「それは…ー」
隼人が言いよどんでいると、剛のポケットからピロリンと、メールの通知を知らせる電子音が鳴り、剛はスマホを取りだした。

「『しばらく母ちゃんの所行くから、後宜しく。』鈴からだ」
「メール?私には来ていませんが…」
朝から散々、メールも電話もかけていたから鈴だって、隼人から連絡がきていることを知っているはずなのに。
そう、隼人が拗ねたように言えば
「「知らせたくなかったんじゃないの」」
 春彦と剛は口を合わせて、言った。

「なぁ、あんた。いい機会だから言っておく。あいつはな、あんたが初恋って言ってたからあんたと結ばれたって聞いても表立って反対しなかったけど。あんたが鈴を泣かせるなら俺は、許さないよ。鈴は俺を立ち直らせてくれた大事な“友達”なんだ。その鈴をただ自分の欲求の吐け口にしたいってんなら、俺は死ぬ気であんたから鈴を奪うから」

 言うことだけ言うと、剛はまた保健室を出ていった。
剛が消え去った後、「若いねぇ…」と呟きながら、春彦は飲みかけの珈琲を啜った。

「早く捕まえにいったほうがいいんじゃない?お母さんの実家に向かっているんだっけ?」
「ええ。でも、実家は少し遠いので、鈴も簡単にはいけないはず…」
「でもさ、鈴ちゃんはメールで高橋君に実家に行くって書いてたんだよね?鈴ちゃんがそんな嘘、つくかな?
先輩に隠れてお金持ってたとか、行く宛があるってのが筋じゃない?」

隼人は少し考える素振りをみせ、「見知らぬ男」と呟くとハッと顔をあげ、駆け出すように保健室から出ていった。

「はいはい、いってらっしゃい。
それにしても、高橋君か…
どっかで見たことあると思ったら、僕が前付き合ってた高橋の弟君じゃん〜。あの系統タイプなんだよねー 」

 コーヒーカップを片付けながら、春彦は剛とどうお近づきになろうかと思案し、にんまりと笑った。


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