短編 | ナノ

 家に帰ると、恭二さんはいなかった。いつものことだ。
恭二さんの気配がない部屋にも慣れてしまった。
最近、恭二さんはお金を渡すとすぐに何処かへ行ってしまう。僕なんてただのATMなんだろうね。
僕といるのも恭二さんにとってはビジネスなんだ。
恭二さんにとって、結婚なんて、たいしたことないものだから。

お金だけの関係ってわかっているし、こうして同棲しているだけでも嬉しいのに。

それでも、やっぱり、望んでしまう。
恭二さんが、僕のものにならないかなって。
無欲だった自分が、どんどん貪欲になってしまう。


玄関で靴を脱いで、しんと冷たいろうかに思わず溜息をついてしまう。

「僕、馬鹿だね」
「ホントにね」

恭二さんがいない部屋。
僕の独り言なんて誰も返さずに消えると思ったのに。
僕の独り言に返す声があった。


「ひーくん」

パタパタとリビングまで行くとひーくんが、頬杖をついて、机に居座っていた。
いつにもまして、不機嫌そうである。
仕事でなにかあったんだろうか。


「なんでいるの?」
「いちゃ悪い?」
「悪いよ、ここ、僕の家だよ」
「ともの家は俺のものでしょ?」
「なにそれ」
僕が不満に口を尖らせれば、

「とものものは俺のもの。俺のものは、俺のもの」

ひーくんは、そう傲慢に笑った。
なに、そのジャイアニズム。呆れる。

可愛い甘えて欲しい、って言っている女の人にみせてやりたい。
甘えるなんて可愛い真似、ひーくんにはできないんだから。


恭二さんがいなかったからよかったものの。
恭二さんがいたら、怒られてたよ。

呆れた目線を送れば、ひーくんは、机に置いていたコップを方手に、

「だって、あいつもいないし、ともさみしがっているかと思って」

と呟いた。

僕が寂しがっている?
そりゃ、さみしいけどさ。

「仕事…は?」
「早めに終わらせた。新婚のともが泣いちゃっていると思って」

頬杖をつき、ふてくされたように淡々とひーくんは言葉をはく。
僕がさみしがっているから?
だから、きたの?忙しいくせに?

僕が寂しがるからって、傍にいてくれる、そんな優しい性格だったっけ?ひーくん。


「え〜と…、」
「ゲイの新婚なんて、考えただけでうぇぇなんだけどね・・・、美しくない。だけど、」

ひーくんは椅子から立ち上がると、僕に近寄る。

「お前が、寂しがってると思って」

言いながら、僕の頬を両手で包んだ。
ひーくんの角ばった大きな手が、僕を包む。


ひーくんはモデルをしているだけあって、背が高い。
僕が168センチに対し、ひーくんは182はある。
必然的に、ひーくんの顔をみながらしゃべると、見上げることになる。


「ぷにぷにだな」

僕の頬をふにふにと障られる。
ぷにぷにじゃないもん・・・。
なんで、そんなに楽しそうな顔で言うの。


「う、うるさい」
「…ねぇ、あんなやつのどこがいいの?」
「どこって…」
「あんなヒモ男。どこがいいのか、まったくわかんない」

僕の頬を包みながら、不機嫌を隠さず言う。

恭二さんは確かに、ひもっぽい生活してるけど。
でも、仕方ないじゃないか。
恭二さんは、恋人に裏切られたばかりなんだから。

僕が支えてあげないと。
僕だけは、傍にいてあげるんだ。


「ひーくんには、わからなくても、僕は好きなの」

ムカムカして、僕はひーくんの身体を突っぱねて、啖呵を切った。

ひーくんにわからなくったっていいじゃないか。
僕が好きなら。それが、僕の言い分だ。
ひーくんは僕の親でもないし。
僕の恋にはなんの関係もない。


「馬鹿じゃないの?お前がいくら好きでも、相手はお前を金づるくらいしか思ってないんだよ?」
「う…」
「ともってさ、どエムなの?不細工の上にドエムだったの?救いようがないね」
「うるさいな…、ほっといてよ!」


自分でも、恭二さんとの関係は可笑しいって。
ちゃんと、この関係は可笑しいってわかってるよ!
わかってるけど…。


わかってるけど、やめられないんだ。
だって、僕恭二さんを好きになっちゃったから。

涙腺が緩む。くそう、ほんと、ひーくんは僕を泣かせるのが趣味なんだから。

ふん、っと毅然といい背を向けた僕に

「…俺だけのおまえだったのに」


幻聴か、そうさみしそうな声が落ちた。


「とも」
「・・・え・・・」

突然ふわり、と背中から包まれた。
ひーくんが、僕を抱きしめてるんだ。

「ひーくん・・・?」

顔をあげて、ひーくんの表情を見ようとしたところで、視線を手で覆われ、「ダメ」と耳元で囁かれる。




「うぅ・・・、娘を婿に取られたお父さんな気分を味わっている」
「何それ」
「言葉の通り。あ〜あ」

ひーくんは、溜息をつきながらも、僕を離そうとはしない。
僕も僕でひーくんにされたままにしていた。

嫌じゃなかったし。


「旦那がいない時に、妻と二人っきりで…、こういうのも浮気じゃない?とも。ね、旦那にバレて離婚ってなったらどうする?」
「ならないし。それに、僕が浮気しても恭二さんはなんとも思わないし。それに、ひーくんはただのいとこだし」
「はいはい、そうねー」


ひーくんは呑気な声でそういうと、僕の頭を撫でた。
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