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『俺と、世界一の漫才やりませんか?』
そういった俺に、やつは驚きに目を見開き、次の瞬間笑いながら頷いた。
いいよ、僕で良かったら、っと…。
なんで、やつが良かったのか。
なんで、やつと組みたかったのか。
芸風はともかく、やつは少し利己的で、回りくどい漫才が好きで、俺みたいな突っ走る漫才とは真逆の笑いを求めるやつだったのに。
猫背で、暗そうなやつは、ちょっと知り合いになりたくないタイプだったのに。
ああ、なんでかなぁ。
なんでだろうなぁ。
あの時の、漫才やろうと誘った告白は今でも忘れていない。まるで、結婚の申し込みのようだった…と今でも覚えている。俺にとっては一世一代の告白だった。
あの時の事を後悔もしていなければ、相方がやつでよかったと、今でもしみじみ思っている。
漫才コンビを組んで、早数年。
色々あったけれど、今でも俺の隣にはやつがいて、やつは俺の隣でぼけている。
俺の隣にはやつがいて、やつの隣には俺がいる。
そんな、普通な平穏。
やつの隣で笑う事が、俺の平穏だった。
可笑しな話、彼女といる時よりも、友達と一緒にいる時よりも、やつと一緒にいた方が俺にとって居心地がよかった。
なんでかなぁ。
今でもわからん。
わからんけど…すっごい居心地がいいんだ。
信じられないくらい…。
さて、そんなわけで、現在。
「なに、ふてくされてんの?」
「べつに、」
「別にじゃないでしょー。もー」
不機嫌な俺に、相方の波多野は、やれやれ、っと困ったように肩を竦める。
「なんでもいいけど、りゅーちゃんは笑顔の方がいいよ?」
「うるせー」
「はいはい…と、」
波多野は、人の感情を機敏に察知する。
俺がどれくらい言えば余計不機嫌になるだとか、これ以上言っても無駄なときは、俺を放置する。
ある意味、俺よりも俺を知っているかもしれない。
漫才で波多野は俺の相方だが、私生活でも、俺にとっては相方であり相棒であった。
すぐ癇癪起こしたり落ち込んだりする俺にとって、冷静で落ち着いた波多野は、なくてはならない存在で、波多野でなければ、今頃俺は大好きなお笑いを辞めていたかもしれない。
ここまで、とりあえず東京進出し、それなりにテレビにも出れて、知名度もアップしたのは、波多野のおかげだ。
そういう意味でも、波多野には、感謝しつくしても、し足りない。
波多野義文(はたのよしふみ)と俺、星川劉生(ほしかわりゅうせい)
俺たち二人は、『ドンキーズ』というお笑いコンビを組んでいる。
地方を何年も回っていて、営業していた俺たちだけど、めでたく大手番組でやった漫才が受け、それをきっかけに某大物お笑い芸人の大先輩に気に入られ…。
東京進出し、それなりにテレビに出られるようになった。
お笑い番組に、バラエティーの雛壇。
バラエティーは特に勉強になるし、何より楽しい。
まだまだ若手な俺らだから、それなりに弄って貰えるし、返しだって、営業が長かった分下手でもない。
弄られることは、お笑い芸人にとって、大変おいしい。
だけど…。
だけど…なぁ。
今日のは…なぁ。
「りゅーちゅん、りゅーちゅん」
「ちゅんちゅん言うな、雀やないんだから…」
「はいはい、もー、ほら、これ差し入れだよ〜」
にぱ、っと笑う、波多野。
その笑顔は…うん、あまりかっこいいものでもない。
というか…波多野の容姿は…その、非常に残念だ。
髪は男なのにロンゲだし、髭は生えているし、分厚い眼鏡をしているし。
人見知り激しいから、いつも下向いているし。
芸人の癖に陰気そうだし。
ま、そんなキャラもキャラであまりいないからテレビで重宝されるんだけど。
そんな波多野のテレビでのあだ名は幸を逃がした不幸臭漂う男≠ナある。
それに対し、俺の容姿は…自慢になるかもしれないが、結構いい。
俺のあだ名は、「口さえ開かなければいい男らしい」
なんやねん。
お笑いの人間に口さえ開かなければ…って…。
まぁ、俺の容姿のよさも、お笑いの人間にしては、というオマケがつくが…。
俺が今不機嫌なのも、この容姿のせいだった。
さっきテレビ収録があった。
ゴールデンのバラエティー。
ゴールデンということではりきっていたのに…。
生憎、共演者に俺たちが大嫌いな漫才コンビがいた。それだけでも不機嫌になる要素はある。
奴らは、芸風が似ている俺たちをよく目の敵にしている。今日も恰好が良くない波多野を弄り倒していた。
不快になるくらい、ぐちぐちぐちぐちと…。
しかし、人のいい波多野は、何も言わずそれにへらへらして。
それをまた突っ込まれて。
周りは笑っていたけれど。
俺は波多野がなにか悪口を言われる度にイライラとした思いで、まともに笑顔を作れなかった。
テレビが回っているにも関わらず、あまりに陰険な悪口のオンパレードに俺は始終不機嫌だった。
明日辺り、あの不機嫌な顔は、ネットで叩かれるかもなぁ…
はぁ…
「りゅーちゃん、」
「…、なんだよ」
「僕の事でりゅーちゃんが怒るのは嫌だなぁ」
「は?別に…、お前のことなんかで…、」
怒ってない。
そうは言っても、俺以上に俺をわかっている波多野には、俺が不機嫌な理由はばればれなんだろう。
こんな風に言ったって。
波多野は、つつ…と俺の傍によると、甘えたように俺の腕に頭を擦り付ける。
「りゅーちゅん、」
「…なんだよ、」
「えへへ、」
「えへへ、じゃねーよ」
「ふふ…、」
嗚呼、まったく。
今まで苛々した気持ちが、波多野の笑顔で消えていく
ほんと、こいつは…。
不細工の幸薄そうな顔して、どうして、こんなに…。
「ばぁか…、」
ピン、と波多野のでこにデコピンをして、小さく吐き捨てる。
波多野は、相変わらずにこにこしながら、「りゅーちゃん、大好きだー」と、俺に背中から抱きついた。
*どっちが攻めかイマイチ不明なペア…
そういった俺に、やつは驚きに目を見開き、次の瞬間笑いながら頷いた。
いいよ、僕で良かったら、っと…。
なんで、やつが良かったのか。
なんで、やつと組みたかったのか。
芸風はともかく、やつは少し利己的で、回りくどい漫才が好きで、俺みたいな突っ走る漫才とは真逆の笑いを求めるやつだったのに。
猫背で、暗そうなやつは、ちょっと知り合いになりたくないタイプだったのに。
ああ、なんでかなぁ。
なんでだろうなぁ。
あの時の、漫才やろうと誘った告白は今でも忘れていない。まるで、結婚の申し込みのようだった…と今でも覚えている。俺にとっては一世一代の告白だった。
あの時の事を後悔もしていなければ、相方がやつでよかったと、今でもしみじみ思っている。
漫才コンビを組んで、早数年。
色々あったけれど、今でも俺の隣にはやつがいて、やつは俺の隣でぼけている。
俺の隣にはやつがいて、やつの隣には俺がいる。
そんな、普通な平穏。
やつの隣で笑う事が、俺の平穏だった。
可笑しな話、彼女といる時よりも、友達と一緒にいる時よりも、やつと一緒にいた方が俺にとって居心地がよかった。
なんでかなぁ。
今でもわからん。
わからんけど…すっごい居心地がいいんだ。
信じられないくらい…。
さて、そんなわけで、現在。
「なに、ふてくされてんの?」
「べつに、」
「別にじゃないでしょー。もー」
不機嫌な俺に、相方の波多野は、やれやれ、っと困ったように肩を竦める。
「なんでもいいけど、りゅーちゃんは笑顔の方がいいよ?」
「うるせー」
「はいはい…と、」
波多野は、人の感情を機敏に察知する。
俺がどれくらい言えば余計不機嫌になるだとか、これ以上言っても無駄なときは、俺を放置する。
ある意味、俺よりも俺を知っているかもしれない。
漫才で波多野は俺の相方だが、私生活でも、俺にとっては相方であり相棒であった。
すぐ癇癪起こしたり落ち込んだりする俺にとって、冷静で落ち着いた波多野は、なくてはならない存在で、波多野でなければ、今頃俺は大好きなお笑いを辞めていたかもしれない。
ここまで、とりあえず東京進出し、それなりにテレビにも出れて、知名度もアップしたのは、波多野のおかげだ。
そういう意味でも、波多野には、感謝しつくしても、し足りない。
波多野義文(はたのよしふみ)と俺、星川劉生(ほしかわりゅうせい)
俺たち二人は、『ドンキーズ』というお笑いコンビを組んでいる。
地方を何年も回っていて、営業していた俺たちだけど、めでたく大手番組でやった漫才が受け、それをきっかけに某大物お笑い芸人の大先輩に気に入られ…。
東京進出し、それなりにテレビに出られるようになった。
お笑い番組に、バラエティーの雛壇。
バラエティーは特に勉強になるし、何より楽しい。
まだまだ若手な俺らだから、それなりに弄って貰えるし、返しだって、営業が長かった分下手でもない。
弄られることは、お笑い芸人にとって、大変おいしい。
だけど…。
だけど…なぁ。
今日のは…なぁ。
「りゅーちゅん、りゅーちゅん」
「ちゅんちゅん言うな、雀やないんだから…」
「はいはい、もー、ほら、これ差し入れだよ〜」
にぱ、っと笑う、波多野。
その笑顔は…うん、あまりかっこいいものでもない。
というか…波多野の容姿は…その、非常に残念だ。
髪は男なのにロンゲだし、髭は生えているし、分厚い眼鏡をしているし。
人見知り激しいから、いつも下向いているし。
芸人の癖に陰気そうだし。
ま、そんなキャラもキャラであまりいないからテレビで重宝されるんだけど。
そんな波多野のテレビでのあだ名は幸を逃がした不幸臭漂う男≠ナある。
それに対し、俺の容姿は…自慢になるかもしれないが、結構いい。
俺のあだ名は、「口さえ開かなければいい男らしい」
なんやねん。
お笑いの人間に口さえ開かなければ…って…。
まぁ、俺の容姿のよさも、お笑いの人間にしては、というオマケがつくが…。
俺が今不機嫌なのも、この容姿のせいだった。
さっきテレビ収録があった。
ゴールデンのバラエティー。
ゴールデンということではりきっていたのに…。
生憎、共演者に俺たちが大嫌いな漫才コンビがいた。それだけでも不機嫌になる要素はある。
奴らは、芸風が似ている俺たちをよく目の敵にしている。今日も恰好が良くない波多野を弄り倒していた。
不快になるくらい、ぐちぐちぐちぐちと…。
しかし、人のいい波多野は、何も言わずそれにへらへらして。
それをまた突っ込まれて。
周りは笑っていたけれど。
俺は波多野がなにか悪口を言われる度にイライラとした思いで、まともに笑顔を作れなかった。
テレビが回っているにも関わらず、あまりに陰険な悪口のオンパレードに俺は始終不機嫌だった。
明日辺り、あの不機嫌な顔は、ネットで叩かれるかもなぁ…
はぁ…
「りゅーちゃん、」
「…、なんだよ」
「僕の事でりゅーちゃんが怒るのは嫌だなぁ」
「は?別に…、お前のことなんかで…、」
怒ってない。
そうは言っても、俺以上に俺をわかっている波多野には、俺が不機嫌な理由はばればれなんだろう。
こんな風に言ったって。
波多野は、つつ…と俺の傍によると、甘えたように俺の腕に頭を擦り付ける。
「りゅーちゅん、」
「…なんだよ、」
「えへへ、」
「えへへ、じゃねーよ」
「ふふ…、」
嗚呼、まったく。
今まで苛々した気持ちが、波多野の笑顔で消えていく
ほんと、こいつは…。
不細工の幸薄そうな顔して、どうして、こんなに…。
「ばぁか…、」
ピン、と波多野のでこにデコピンをして、小さく吐き捨てる。
波多野は、相変わらずにこにこしながら、「りゅーちゃん、大好きだー」と、俺に背中から抱きついた。
*どっちが攻めかイマイチ不明なペア…