作品 | ナノ
※R15





オレが愛してやまない名字名前は全くつれない。


出逢ったときはオレの二つ名どころか名前さえ知らなかった。


オレは一目惚れで全てを捧げたいと思ったのに。


オレは豊富な経験と話題で近づいて、なんとか彼女に存在を気づいてもらい、東堂の名を覚えてもらった。


それからは持ち前の溢れる自信で押しに押しに押しまくった。

時に好きだと囁き、時に愛してると公言し、何度も彼女に気持ちを尋ね、何度も懇願し、そしてついに手に入れることができた。


はじめて身体を重ねたときはオレばかり余裕がなくて、オレらしくもなく、みっともない姿を見せてしまったと思う。


最近、だいぶ名前とオレの身体は肌が合うようになり、そのことはオレだけを歓喜させた。



それでもレースを見に来てくれたことなど一度もないし、練習が終わるのを待っていてくれたことも数えるほどしかない。


ある日言ってみた。


「名前は冷たすぎる」

「氷の女みたいに、言わないでよ

こんなに優しく一緒にいてあげてるじゃない」

「何週間ぶりだ?

オレだってそんなほっとかれたら気が変わるかもしれないぞ!」


内心、世界がひっくり返っても名前への想いが変わることなどないだろう、と思いながら何か名前からの言葉が欲しくて、とりあえず言ってみた。


名前はクスクス笑った。


「それって、浮気?

できるものなら、してみたら?

でも、やったらそれで終わりだよ。

ばいばーいって。

まあ、キミにできるわけないかー」

「む。オレにできないことなどないぞ!」


内心、悔しいが、彼女の言う通りだと思いながら、その日は別れた。



数日後、オレはファンクラブの女子に呼び出された。

気乗りしない足で待ち合わせに向かうと、いつもレースを見に来ては応援してくれる、女子が今日はひとりで待っていた。


「東堂くん、大好き。

彼女がいるのは分かってるけど、私にはあなたがあまり幸せには見えないの。

私と、付き合ったほうがきっと東堂くんは満たされると思うんだけど」



「すまんね。

キミにそう見えても、オレは今生きていて一番幸せなのだよ」


女子はオレの断りの返事をある程度覚悟していたようだった。


「そう

東堂くんが言うんじゃ、どうしようもないね。

でも私このままじゃあなたのこと忘れられない。

せめて一度だけ家に来てくれませんか。

それで諦めるから」


「いや、オレは彼女はたとえどうでもいいと思っていても、裏切る真似はしたくないんだ」


「私、絶対誰にも言わないよ。

だからお願い……

最後に思い出くれませんか」



オレは結局女子の家に行った。

彼女の両親は留守だった。

部屋に招かれるままに入り、抱きついてきた彼女を受け止め、キスして、ベッドに押し倒して、生まれたままの姿にして、それから、抱いた。


肝心なところでは、オレは名前を思い出していた。


数日前の柔らかい、しっとり汗ばんで、オレに吸い付く肌、濡れた瞳とオレを求める甘い声を……



女子を抱いた後はそのコへの罪悪感でいっぱいだった。


「すまない。こんなことをして、オレは何の責任もとれねーのに」


「わかってる。

でも東堂くん的に言うなら私はさっきが一番幸せだった。

だからもう私はいいの。

さよなら、東堂くん」



オレが別れの言葉を口にしてもそのコは何だか幸せそうな顔をしていた。


オレはますます申し訳ない気持ちになった。



そしてそのコの家を出てから、オレは徐々に背筋が凍りつく感覚に襲われてきた。

とてもじゃないが、名前に隠し通せる気がしない。


トークが尋常でない美形クライマーのはずの東堂尽八も名前の前では、お前の前でだけは、余裕もエリート意識も形無しのただの男になってしまうのだ。



次に会った時、案の定彼女はなぜか知っていて、


「やるじゃない。やればできる男だったんだね。じゃ、分かってるよね?約束」


と、言われた。


悔いはないといえば嘘になる。


だが、このまま付き合っていても永遠に名前の心は手にはいらなかっただろう……

ならいっそ浮気などされたことがないであろう彼女の心に永遠に残る爪痕を残して、オレを永久に刻もう……



彼女はぽつりと、こぼした。


「ちょっとだけ本気ですきだったんだけど、私不器用だからキミとの距離感がわかってなかったね。傷つけてたのは私だよね。ごめんね」


オレはその言葉が信じられなかった。


「いや傷つけたのは間違いなくオレのほうだ。悪いのも、全部オレだ。

すまない……!」


「そうだね。じゃ、さよなら」


彼女は最後に泣いていた。


オレが泣かせた。


名前を襲う全ての困難はオレが代わりに乗り越えたい……そんな気持ちでいたこのオレが泣かせた……



彼女の笑顔を取り戻したい

例えオレにその権利などなくても



オレは後ろを向いて、立ち去ろうとする彼女の、腕を思わず掴んだ。


「浮気はゆるさない

だから別れるんだよな? 」

「うん、二言はないよ 悪いけど」

「じゃあ別れた!それで、今からも一度新しくつきあってくれないか 」


「そ……んなの通用すると思ってるの?!ばかっ、浮気したくせに!」



「その代わり、お前がオレしか見えなくなるまで、責任持って前以上に愛す。


いつかお前の心までオレのものにしてみせるから……!」


「ほんとに、ばかだね。とっくだよ 東堂くん……

浮気されたとき胸が、苦しくてうまく呼吸できなかった。

その時気付いたの。

私はあなたが、すきで仕方ないって」


相変わらずその言葉がどこまで本当なのかオレにはよく解らない。


でも、全身で歓喜しているオレがいた。

許してもらえた。

お前の、こころの、片隅にでも、確かにオレはいた。


「これからは同じ気持ちで同じ時間を共有しよう……ずっとふたりで……」




「でも、何であんなにまで冷たかったのだ?特に最近」

「逃げる女ほど追いたくなるっていうじゃない。

その……飽きられちゃうのが怖くて」


ばかはどっちだよ。


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