作品 | ナノ
 彼の傍に居るのが私ではなく、あの子になったのは一体いつからだったのだろうか。私の愛する東堂尽八の頭の中を占めているものは何だろう。『自転車』『チームメイト』『マキチャン』『ファンクラブ』…。そこに名字名前の文字は無い。彼を作り上げているのは自転車とその仲間であり、それを支えるのは自分を慕い、絶対的なアドバンテージになるファンクラブの存在だった。高校二年生からの付き合いで、もう何年の付き合いだろう。大人になった私達は、きたなく穢れてガラスのように脆くて冷たくなってしまったのかもしれない。


「尽八、」


この続きには、何を言おうとしたんだったか。『私だけを見て』『なんで愛してくれないの』『私のことは嫌いになった?』違う、違う、違う。不思議そうに私を見つめる尽八の目はひどく優しい。でもそれは、ファンクラブの子たちに向ける視線と同じだ。私の立場が尽八の彼女からファンクラブの一員に落ちたのか、ファンクラブの子たちの立場が上がったのか。それは定かではないけれど、多分後者だ。ぎりぎりと下唇を噛む。どうしたらいいんだろう。悔しい?悲しい?私はどうなりたい?分からない。馬鹿みたいに自問自答を繰り返していると、彼の細い指がそっと私の唇をなぞった。


「そんなに強く噛んでいると血が出るぞ。綺麗な唇なのにもったいない。名前、どうかしたのか?」


慈愛に満ちた声色、心配そうにこちらを見つめる瞳、決して冷たくなんてない指先。けれどそれらは、私だけに向けられているものではないのを、私は知っている。
 増えた着信、長い通話、そこから漏れる女子特有の高い声。私の知らない持ち物に、とたんに多くなったブランド品。帰りの遅い夜に、甘い甘い女物の香水の匂い。私、知ってるんだよ。ワイシャツに付いたビビットピンクの口紅。沢山のラブレターと中身の減った便箋。気がつかないほど鈍い女じゃないんだよ。

もしかしたらそうやって鈍いほうがいいのかもしれない。傷つくことなんてないし、ただ尽八の横でにこにこ笑っていればいいんだから。尽八だって可愛がってくれる。いい女だ、従順で大人しい。そっと私から離れた彼は、何気なく携帯を取り出していじった後、どうでもよさそうに机にそれを置いた。ガラパゴス携帯なのに、閉じられていない。

 その画面を見て、ぞっとした。あの女は、誰だ。以前は私と尽八のツーショットだったそとには私の知らない女の子と、これまた私の知らない、心底愛おしそうな表情をした尽八とのキスショットがあった。ふつふつとお腹の底から何かがわきあがってくる。これは、どうしようもなく熱くなった怒りと行き場をなくした深い悲しみだった。


「……貴方にとって、私ってなに」


 ひどく冷たい声をした私がゆらりと顔を上げた言った。尽八は驚くこともなく、特にこれと言った反応を示すわけでもなく平然と答えた。


「彼女だ。しかし、そこにはアクセサリーというかっこが付くがな」


頭を思いっきり殴られたような衝撃が走る。動揺もしていたが、そんな尽八の言葉をなんとなく予想していた自分もいて嫌になった。どうしていいか分からなくなって俯いた私を、そっと諭すように彼は続けた。


「彼女が居るのに私達に優しい。相変わらずかっこいいし、紳士的。もしかしたら私だって東堂様の彼女になれるのかもしれない。ほら、女子の人気はウナギ登りだぞ?」

「…さい、てい」

「ワッハッハ、そうかもな。だが、それでも傍に置いてくれる俺がいてお前は幸せだろう?なぁ、名前」


そんな、悪魔のように甘い囁きに思わず頷いてしまいそうになった私は、もう落ちるところまで落ちている。



<あなたもわたしも人間だから>
そんなに“お綺麗”じゃないって、分かってるけど



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -