作品 | ナノ
「日付のかわる瞬間にさ、電話が鳴って、出たら外見てって言われて、見たら好きな人が立ってんの!」
「どこの少女漫画だヨ、恥ずかしーやつ」
「私の妄想!でも良くない?きゅんとするでしょ!」
「ンなことで落ちるたァずいぶん安い女だな」
「私の誕生日、期待してるね」
「すっかよバァカ!一人で期待してろ!」

 あれはまだ荒北と付き合う前、たぶんお互い好きなんだろうなって分かってて、でもお互いはっきりと言葉にはしなくて、曖昧な関係から抜け出したくて、荒北の特別になりたくて、いわばひとつの賭けだった。
 そして訪れた私の誕生日。
 もちろん荒北はそんな少女漫画のようなことはしてくれなくて、でもちゃんと誕生日は覚えていてくれてその日の帰りに付き合わねェ?って言われた。
 しかし場所は男子便所の前で、突然振り向いた荒北にものすごく自然に言われて、ものすごく自然に頷いてしまった。
 ロマンチックもくそもない。

「ねえたまにはどっかに行こうよぉ」
「ンな時間あっかヨ」
「デートしたい手ぇ繋いで歩きたい!」
「ワガママばっか言ってっと食っちまうぞ」
「エッチばっかり飽きたぁ外に行きたい!」

 雑誌を読む荒北に腕をまわして背中に頭をこすりつける。服ごしに荒北の匂いがして落ち着く香りに襲ってくる眠気と抗いながら文句ばかりを連ねるものの、当の本人はそんなこと気にもとめずに姿勢すら変えず適当にあしらう。

 始まりからしてロマンチックとは程遠い位置にいた私たちはやっぱり付き合ってからもロマンチックからは程遠く、そんな感じでなんだかんだ荒北と付き合ってもうすぐ1年が経つ。

「でさあ、彼氏がそんなお前が好きだよって!」
「なにそれ!羨ましー!」

 友達の口から出てくる彼氏とどこに行っただとか、彼氏がこんなサプライズしてくれただとか。そんな自慢を聞きながら、いまだに荒北に好きの一言すら貰えない自分はなんなのだろうかと考える。デートらしいデートもしていない。連絡すらまともにこない。会うのは荒北の寮か自分の家かどちらかで、することといえばセックスかセックスかセックスか。自慢できることなんて何もない。

 荒北のいる自転車競技部はさすが強豪校なだけあって、毎日毎日忙しい。デートする時間すら取れない。時間があいたってそれは自主練でうまってしまって、それが荒北にとって大切なことだと分かっているからそれ以上は何も言えない。
 私よりも自転車が優先だって分かっていてそれでもいいって言った。その言葉に嘘なんてなかった。皆に隠れて必死に努力する荒北が好きだった。

 仕方ないと、何度自分を言いくるめただろう。それが荒北なのだから、それ以上求めても仕方ないと、何度諦めただろうか。
 それでも何度押し込めてもはい上がってくる。手を繋いで歩きたい。好きだと抱きしめて欲しい。そんな願いがひっきりなしに生まれてくる。

「今度の日曜時間取れそう?」
「……日曜、なんかあったァ?」
「え!?覚えてないの?」

 荒北は一瞬だけなにか言いたそうに口を開くと、すぐに「知らねェ」と視線をそらした。
 この男は本気で言っているのだろうか。本当に覚えていないのだろうか。そんなに荒北にとって、彼女の誕生日も1年という記念日もどうでもいいような記憶なのだろうか。

「もう知らない!別れる!」
「あっオイ!」

 何度こうして荒北の前を去っただろう。何度も繰り返すものだから荒北はもう後を追うことすらしてくれない。結局すごすごと荒北のもとへと戻る私がいるから悪いのかもしれないけれど、その度に荒北がちょっと嬉しそうにほっとした表情を見せるから私もつい同じことを繰り返してしまう。
 だけど、毎回大丈夫だから今回も大丈夫なんて、どうしてそんなことを思っていたのだろう。そう簡単に煮えくり返った苛立ちはおさまらず、それでもやっぱり荒北のあのほっとした表情が恋しくて、なんといって荒北の元へと戻ろうか考えていた。

「ちょっといいかな?」

 土曜日、廊下から自転車部の練習風景を眺めていた。練習が終えるまで待って、仲直りしよう。
 後ろから呼ばれた名前に振り返ると、なんとなく顔を知っている程度の男子が立っていて、そのまま告白された。好きなんだ、って荒北に言って欲しかった言葉を荒北じゃない男の子に伝えられる。もちろん断りを入れるものの、なかば無理矢理に連絡先を渡されてしまった。
 ずっと欲しかった好きだという言葉は、相手が荒北じゃなくてもどこかくすぐったくてとても嬉しいものだった。

 どこか隙間を埋められたような温もりを感じながら、私も荒北に謝ろうと勇気を貰い、練習を終えた自転車部へと近づく。
 しかし、そこに荒北の姿を見つけられない。

「荒北なら用事があると一番に帰った」

 汗を拭う福冨くんに言われ、なんだか一気に肩の力が抜ける。荒北の時間は荒北のものだ。どう使おうとそれは荒北の自由だ。
 だけど、少しだけ期待をしていた。だって荒北は私が待っているのを知っていた。練習中、何度か目があったのは勘違いじゃない。

 家に向かう帰り道、コールの繋がらない携帯を眺める。ついに愛想を尽かされてしまったのだろうか。電話にすら出てくれない。
 立ち止まり、ふうっと息を吐きだす。

 いいじゃないか、あんなロマンチックの欠片もない男。なんせ便所の前で付き合うか聞いてくるような男だ。なにを期待していたのだろう。きっとこれが潮時なのだ。
 荒北と付き合う間はきっと友達に自慢できるようなことはなにも出来ない。なんとなくただ毎日が過ぎていくだけだ。荒北と付き合って私がなにを得たのだろう。幸せなんてきっと訪れない。
 なんとなく捨てきらず、鞄の隅でしわくちゃになった紙を取りだしコールを繋げる。嬉しそうに笑う声に曖昧に笑って携帯をしまった。

 終始好きだと囁く彼はとても愛しそうに私の名前を呼んでは抱きしめる。いつも荒北と過ごす部屋で荒北じゃない男の子に抱きしめられる。
 浮かびそうになる罪悪感を荒北を責めることで抑え込んだ。あんなおざなりにあしらうように接する荒北よりも、こうして真摯に向き合ってくれる彼といるほうがよっぽど私は幸せになれるはずなんだ。

 ずっと欲しかった好きだという言葉は相手が荒北じゃなくてもくすぐったくて嬉しい。
 愛されるってこんなにも暖かいのだ。私はずっと手を繋いで歩きたかった。好きだと抱きしめて欲しかった。その願いはこんな簡単に叶えられた。
 今が何時なのかも分からない。ふと顔をあげるとカーテンの隙間から、窓ガラスに反射した自分の顔がうつってその顔に思わず目を丸くした。

 だって、あなたいま幸せなはずでしょう?窓ガラスにうつるあなたの顔、願いが叶ってこんなにこんなに幸せなはずなのに、どうしてそんな顔をしてるの。こんなに苦しいくらい、好きだと抱きしめられているのに。

好きだと抱きしめられること、
友達に彼氏の自慢をすること、
私にとっての幸せってなんだっけ。

 ベッドから落ちたままのケータイが床で震えた。液晶画面にうつった名前に、出られるはずもない。いつもほったらかしのくせに、電話なんてかけてこないくせに、もしかして、今日がなんの日か覚えていたの?
 そんな過去のちっぽけな冗談混じりの願望すら、覚えていてくれたのだろうか。
 私は一体なにをやっているんだろう。抱きしめながら好きだよと囁くのがどうして荒北でないのだろう。
 幸せは、馬鹿な自分のせいで二度と届かない場所へと遠ざかった。カーテン越しに立っているであろう存在をいまさら見つけられるはずもない。



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