作品 | ナノ
昔から、裏方とか脇役とか、そんな役ばっかりだった。別に望んでやろうとしていたわけじゃなくて、どうやら主役にはなれない性分らしい。そう気付いたのは、つい最近のことだった。大学に入ってからも、何度も、華々しく壇上でトロフィーを掲げたことのあるこの男とは大違いだ。彼はミネラルウォーターを飲みながら仏頂面をこちらに向けた。

「なんだ。こっちを見て。」
「なーんにも。寿一は格好いいな、って思っただけ。」
「嘘だな。」

筋肉の鎧で覆われた体が私に覆い被さる。寿一は意外とスキンシップを求める。形を確かめるように、ゆっくりと私の唇の形をなぞる。固い胸板に手を当てて、それに応えると満足そうに鼻を鳴らした。

「この前のレースも優勝したの?」
「ああ、当然だ。」
「ねえ、二位は誰だったの?」

そう尋ねると、彼は不思議そうな顔をした。それを無視して彼の胸板に頬を押し付ける。寿一は眉間にしわを寄せて考えている。ああ、聞かなきゃ良かったかも。きっと答えは決まっている。

「…新開、ではなかった。他校の誰かだ。」

やっぱり。彼の頭の中には二位という概念は無いのだ。常に考えるのは、一位のことだけなのだ。彼の飲み残したミネラルウォーターのボトルに口をつける。ぬるい水が喉を流れる。それでも、喉の奥が絞められたように痛む。その痛みに顔をしかめていると、寿一の腕が私を再び捕らえる。

「名前。」

優しく甘く私の名前を呼ぶ。この瞬間、もしかして私は彼のいちばん大事な人なんじゃないかと錯覚する。この瞬間を切り取って、何度も再生できたらどんなに幸せなんだろう。でも現実はそうはいかない。寿一には一年生の時にできた、大切な彼女がいる。ほんの二ヶ月前に出会った私なんかよりも、いちばんに愛している彼女がいるのだ。

「寿一は、ずっと私のこと、覚えててね。」
「変なことを言うんだな。」
「いいから。絶対だよ。」

私は気づいていた。彼がこの時、頷いていなかったことに。悪気があったわけではないだろう。だけどそれが、私と彼女との間の決定的な「一位と二位の差」なのだ。でも、今彼の腕の中にいるのは私だ。二位も悪くない。一位の知らない世界を見られるし。寿一が私の体の線をなぞる。くすぐったくて、体をうねらせる。私たちの間には体と体の触れ合いしかない。一位は心で、二位は体なのね。彼らしい優先順位が浮き彫りだ。
二位も、悪くない。そう何度も自分に言い聞かせてきた。私は主役にはなれない運命なのだ。それは生まれた時から変わらない。それなら、それならば。彼のいちばんになれないのならば、せめてずっと彼ににばんめでいたい。


裸の体が汗でべたつく。隣で眠る寿一は規則的に呼吸をする。王者の貫禄が漂う、大の字。くすりと笑って、彼の髪を撫でる。起きないことを確かめると、枕元の彼の携帯に手を伸ばす。夜中の三時。彼のシャツを羽織り、窓を開けてベランダに出る。夜風が冷たい。かじかみそうな指で、電話帳を開く。あった、あの子の電話番号。

「もしもし?」

三コール目で、眠そうな彼女の声が応えた。私は、この時笑っていた。あのベッドの上には貴女の大切な人がいるのよ、と教えてあげくてうずうずしていた。それを堪えて無言を貫く。すると、不安そうな彼女の声に被さるように、彼の声が響いた。

「寿一?」
「名前?」

ぶちり。
気付けば通話終了ボタンを押していた。激しく動く心臓を左手で押さえつける。彼は何も気づいていないようだ。ゆっくりと起き上がり、ベランダの窓に手をかける。咄嗟に、彼の携帯を隠す。

「何故そこにいる。寒いだろう。」

優しく彼は私の肩を抱いた。温かくて逞しい手が、そっと私の顔を包む。ベランダの手すりに隠した彼の携帯に後ろ手で触れる。彼とのキスは好きだ。でも、それは彼女も同じなのだろう。ささやかな憎しみを込めて、指先に力を入れた。その瞬間、いつもより激しく彼の唇に自分のそれを押し当てた。がしゃん。遠くで何かが壊れる音がした。寿一は私に夢中でその音に気づかない。彼女からの着信音は、もう鳴ることはない。

「好きだよ、寿一。」

一生にばんめで良い。だから、こんな私を許してね。


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