作品 | ナノ
※R15





彼の薬指には指輪がはめられている。
シンプルなデザインのシルバーリングだ。
私にも指輪がはめられている。
それは昔の思い出。高校を卒業するときに交わした小さな約束。

だが、彼は左手で、私は右手。
それがどうしようもなく私たちが変わってしまったことを告げる。どれだけ愛し合っていても、恋焦がれようとも、無機質に、残酷に。
私は、その指輪の相手にあったことはないけれど随分と不憫なものだ。彼は週4、5日私のところへやってきて、週3日は泊まっていく。
残業だなんだと電話ごしに言い訳をしている姿を何回も見た。面倒そうにネクタイを外し、でも顔は薄く笑っていて、彼も奥さんを好いているのがわかる。
奥さんよりも長い時間を共にすごしているのだという優越感だけが私を正常に保っている。

くすり、彼は笑って穏やかな表情で「お休み、愛してる」とそれだけいうと電話を切った。
胸に溢れかえる黒い感情も、鋭い槍に串刺しにされるような痛みも、もう何度経験したことだろう。

「尽八」
電話を切ったところを見計らって後ろから抱きつき、名前を呼ぶ。甘えるように頭を彼にもたれかけさせると、彼は振り返って私にキスをした。
啄むようなそれを何度も繰り返すうちに段々と長くなっていき、私が息をするために薄く開いたのをきっかけに舌を絡ませた。
抱きしめる力が強くなり、私はベッドに沈んだ。


『名前』
『どうしたの、尽八』
ただ純粋に愛し合っていたころの記憶が今でもはっきりと思い出される。
『これをどうしても渡したくってな』
『え、指輪?』
『名前はモテるからな、牽制だ。
まぁ、今はただのガラスだが、いつか本物のダイヤモンドで作ったものを渡そう』
驚きのあまり声が出ず目を見開いて尽八の顔を見る。
『ダイヤモンドは永遠の愛を意味する。俺たちにぴったりではないか』
キザな言葉と自信たっぷりの顔が尽八らしいと思った。
『本物を渡すその時まで左手の薬指は空けておけよ?』

そして数年後、約束通り、尽八はダイヤモンドの指輪をくれた。苦しそうに歪めた顔で、左手に私以外の人とのペアリングをはめて。そして、結婚するのだとつぶやいた。


「あっ」
激しくなった尽八の動きに背を反らせ、一気に現実へと引き戻された。
やっていることは大人のそれなのに、どうしてこうも私たちは幼いのだろう。快楽に埋め尽くされているはずの脳がやけに冷静に現状を見つめる。

彼はこの関係がバレたら奥さんになんていうんだろう。奥さんと別れる?私のことなんて知らないふりをして私と切れる?なんだかどれも違う気がした。
尽八なら、私との関係を認めたうえで私とも、奥さんとも別れてしまうだろう。
私は別れるなんて耐えられないから、彼も私なしでは生きられないように絡め取って縛りつけて、雁字搦めにする。

右手の指輪は所謂呪いだ。私と尽八を繋ぐ鎖だと言ってもいい。それでも私たちはその鎖に自ら絡まって絡まって、抜け出せなくなってもその鎖で互いを縛り続ける。


「好きだ、名前」
彼はいつの日かと同じ、幼い愛の言葉を私に投げる。私はそれに答えるようにキスをした。


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