作品 | ナノ
土砂降りの雨の日に外へ出ようと思った事は人生で一度もない。そして今日初めてそんな気分になった私は、お気に入りワンピースと靴と鞄を持って傘を広げた。大学に通う日常通りの道を通って駅に向かう。雨の冷たさも冬を感じる風の匂いも、私の五感によって弾かれる。いつもより人気の少ない電車に乗っておおよそ30分もすれば、大都会に出た。東京、という街はいつも思う。賑やかで息苦しい街だ、と。

お気に入りの靴が水溜りを蹴ったせいで汚れていく。少しずつ私の足先を冷やしていく感覚がする。行き先を決めずただフラフラと歩いて、やっと立ち止まる。私の視線の先には流行の服も鞄も靴も美容院も、最近出来たばかりのクレープ屋さんも無い。そこだけトリミングされたかのように私の瞳に映るのは、たった1日前に連絡を取り合った私のご自慢の彼氏様、と見知らぬ女が楽しそうにお喋りしながら、手を繋いで歩いている光景だ。
そんな彼は、昨日の連絡によると高校時代に青春を共にした部活メンバーの方と久しぶりに遊びに行くと言っていて、私は私の知らない彼の青春時代を想像して一言いってらっしゃいと言ったはずだったのに。今、私の見間違いでなければ、彼は私の知らない女と歩いていて、青春を共にしたと思われる人たちの姿は見当たらない。

「はやと」

呟いた言葉は雨と賑やかな街の喧騒に負けて届くことなく、雨に流れると思っていたが現実はそう甘くなかったらしい。はやと、と呼ばれた男。新開隼人は声の先を見る。そして目が合うのだ。驚きと後悔と焦りの混じった表情は今日の雨とは一生を共に出来るほど、相性がいいのでは、と頭の片隅で考える。

「お友達?」
「名前、どうしてここにいるんだ?」
「ねぇ、お友達?」
「・・・・・・ッ!?」
「部活の人?マネージャーさん?」
「本当にあの子とは何もないんだ。」
「何もない子と手を繋ぐの?」
「それは、」

視線を逸らした隼人は私の濡れたつま先を見つめた。隣で楽しそうに笑っていた女は、いつの間にか騒がしい町に姿を消していた。残された私たちが迎えるのは、ドラマでよく見る修羅場のみ。「楽しかった?」そう聞く私に彼は何も答えない。先ほどの女に代わって私が彼の隣を歩く。傘のせいで表情がほぼ見えなくなってしまったけれど、彼にとっては都合がいいだろう。

「5人目」
「え・・・・・・?」
「隼人が、嘘をついて私以外の女と寝たの」
「数えてたのか?」
「17人目」

隼人が、嘘をついて私以外の女とデートしたのは。言い終わると同時に隼人が一歩だけ私の前に出た。大きな水溜りがあるから気をつけて、なんて。そんなカッコいい台詞を吐かないでよ。嫉妬で震えていた唇は、いつの間にか止んでいた。

「名前を傷つけるつもりはなかったんだ」
「隼人に傷つけられるつもりはなかったのよ」
「ごめんな」
「もう謝罪の言葉まで数は覚えてないの」

傷つけるつもりなんてなかった、なんて見え透いた言い訳ほど、この街に似合う言葉はないだろう。一生懸命塗ったマスカラは涙で落ちて、真っ赤に濡れた紅いルージュは噛み締められたままで、毛穴まで隠してくれるファンデーションは愛想笑いと作り笑いで皺だらけだ。それでも、彼を好きだという私の気持ちは、まだ崩されていなかった。だから、いつも、どんなに五月蝿いくて見苦しくて見え透いた軽い言い訳すらも私は許してしまうのよ。

「この後、友達と約束があるんだ」
「そう」
「おめさんは、どうする?」
「帰る。もう、疲れたから」

立ち止まって先をゆく彼の背中を見送った。友達、なんて違うことぐらい私には分かってる。それでも私はそっと手を振って踵を翻した。気付けばお気に入りのワンピースも靴も鞄も傘も、そして綺麗に施した顔もびしょびしょに濡れていた。


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