作品 | ナノ
彼女に浮気がバレてしまった。しかもよりによって、相手が名字さんということまで。でも彼女は俺に対して「ひどい」とも「許さない」とも言わなかった。ただ悲しそうに笑って、「ごめんね」と謝られただけ。いっそのこと、頭ごなしに叱ってくれたらどれだけよかっただろうか。そうしたら、別れられる理由として挙げられたのに。兎にも角にも、名字さんと今後について、話し合わなくては。俺は携帯のメール作成画面を開いた。






「ふーん。じゃあ、別れよっか」

放課後のカフェテリアには、まだ数人の男女が談笑しているのが見てとれる。でも正直俺はそんな談笑よりも名字さんに案外あっさりと別れを告げられたことに、困惑している。「どうしたの?」そんな俺を見透かしたのか、彼女はあっけからんと尋ねてきた。

「なんか、おかしい流れだったかな。今の?」
「や……、いや。そんなことないです」

ない、けど。もう一度名字さんを見るけれどその瞳に映っているのは多分、っていうか絶対、俺ではないことが分かった。腑に落ちない俺を説き伏せるように、彼女の手が俺のそれに重なられる。

「雪成くんはさあ。あたしと浮気してる、って、彼女さんにバレちゃったわけだよね?」

名字さんの手が、指が、するすると、いとも簡単に俺の手に絡みつく。そんな雰囲気でもムードでもないことは分かっている。分かってはいるのだが、背筋がぞくぞくする。思わず生唾を飲み込んだ。「はい」答える声がわずかに掠れ、震えた。

「だから別れようって言ってるの。ねえ、これって、おかしい流れかな?」
「いえ……」

おかしくないです。そう答えようとして、言葉が喉につっかかる。名字さんの顔を見る。「それならいーじゃん」にっこり微笑まれた。ぽかんと口を開ける俺をよそに彼女は言葉を続ける。

「黒田クンも知っての通り、あたしもきみが浮気相手なわけよ。ま、浮気相手はきみだけじゃないけど本命は別にいるのね。そいでもって、あたしは彼と付き合ってる」

黒田クン。さっきまで雪成くんと呼んでいた名字さんが嘘のように他人行儀だった。

「彼もねえ。薄々気付きはじめててさ。あたしが浮気してるんじゃないかって。勿論、あたしは馬鹿じゃないからアシは遺してないよ?でも、そろそろ誰と縁切ろうかと思ってたとこ」

ちょうどよかったよ。名字さんはまた笑う。携帯と鞄を持って席を立つ。「ここの会計は、あたしが済ませておきますから」淡々と告げられてしまえば、あとはもう、何も出来なくて。



俺にとっては彼女が遊びで、名字さんが本命だったのに。これからあまりぱっとしない、別に好みのタイプでもない彼女と付き合っていかなくてはならないのかと思うと、溜息しか出てこなかった。「あ、うん、ばいばい」カップルの女のほうが、惜しげもなくあっさり別れを告げている。きっと俺も、名字さんの中では「あ、うん、ばいばい」に相当するような人間だったのだろう。


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