花日 ※霧崎日向 「止めろって、もうあんなのは、止めてくれって言ったじゃねぇか!花宮!!」 ――さっきの試合も、また相手の一人が負傷により退場となった。スタメンを一人失った相手校に対し、後半から一気に追い上げた霧崎第一は圧勝。 悔し涙を滲ませてコートを去っていく相手選手たちの後ろ姿を、俺は、ベンチから見送るしかなかった。 入ったばかりの頃は、こんな風ではなかった。 強豪らしい厳しい指導と尋常でない練習量。扱きに耐えきれずに吐いたことだってあった。けれど、楽しくて仕方なかった。俺は、今、バスケを精一杯やっている。そんな満足感があった。 それが、おかしくなったのは、3年だった部長が、冬を前に突如引退し、2年だった副部長が、部長になってから。 新部長は圧倒的にキャプテンシーに欠けていた。当然だ、ろくな引き継ぎもせずに任されたのだ。こなせる筈がない。自然と、参謀ポジションに着いていた花宮の意見が聞き入れられるようになった。 頭が切れ、『無冠の五将』と呼ばれるに相応しい実力を持った花宮は、大層珍重された。先輩が意見を請うのに、嫌な顔1つせずに答える姿は、同輩の憧れの的だった。 もちろん、俺だって。 ふと気がつけば、部活が、花宮中心に回り始めていた。 花宮の言うことに従っていれば、何も間違わない、それこそが最善だと言わんばかりの空気が、部の中に渦巻いていた。 俺はそれが怖かった。 バスケは皆でやるものだ、司令塔は必要だが、盲目に従うべき主君が欲しい訳ではない。しかし、花宮のやり方に反発して、責められるのは俺だけだった。 どうしてお前は花宮に素直に従わないんだ、という無言の圧力が、息苦しかった。見えない糸で、ゆっくりと首筋を締め付けられているようで。 当の本人が、一切俺に言及しないのも、不安を煽った。 そして、その日は唐突にやってきた。 「ちぃーっす」 普段通り部室を開けると、いつも隅で指南書を読んでいた監督が、居なかった。部室の鍵は監督が管理することになっていたのに、トイレか?と首を捻っていた所で、後ろから声を掛けられる。 「日向、早く行け。花宮が呼んでる」 「花宮が?なんで?」 良いから行け、とろくに着替えも出来ないまま体育館に向かう。集まっていた部員たちの輪に入ろうとして、足が止まった。 なんだよ、これ。 「監督は辞めた。今日から俺がキャプテン兼監督として、部を管理する」 全員が、粛々と花宮に頭を垂れている。一年だけじゃない、二年や、三年まで。 何が起きてるんだ。 昨日まで人当たりの良い笑顔を浮かべていた筈の花宮は、全てを馬鹿にしきった目で部員を見下ろしている。誰もそれを咎めない。 「俺のやり方に従え。それが一番賢い選択だ」 立ち竦んだまま、動けない俺に向かって、花宮はにぃと唇を吊り上げた。 「良いチームにしようぜ、なァ?」 ああ、息苦しい。 「何か言えよ!なぁ!」 黙ったままの花宮に、ぶちりと堪忍袋の切れる音がした。限界だった。 「俺はもうバスケ部を止める。これ以上お前とはやってらんねぇ」 ポケットにしまっていた退部届けを、座り込む花宮の目の前に叩きつけて立ち上がる。 中学時代、あれほど望んだ勝利が、こんなに苦々しいものだなんて思わなかった。こんな思いがしたくて、練習を積み重ねてきたのではない。 今までの努力が全て無駄だと嘲笑われているみたいだった。悔しくて、悲しくて、涙がこみ上げてくる、でも、花宮なんかに泣き顔を見せたくなんてないから、直ぐに踵を返す。 もっと早くこうするべきだったのに。少しでも長く、バスケを続けたいと思った、俺の我が儘だ。 扉に手を掛けたところで、 ――――ビリ。 不穏な、音がした。 咄嗟に振り返ると、それは、たった今渡した退部届けを、花宮が引き裂く音だった。 「お前が、バスケを止めるって?ふはっ、馬鹿言ってんじゃねーよ」 ビリビリ、ビリビリ、俺が血を吐く思いで書いた退部届けが、あっという間に塵同然となる。あまりの衝撃で、頭がついていかない。 「バスケ部を止めたら、罪悪感から逃げられるとでも思ったか?甘ェよ」 床に散らばった、退部届けの残骸を、花宮は何の感慨も無く踏みにじると、呆然と佇む俺に近寄ってくる。思わず身を引くと、背中が扉に当たった。形勢逆転だなァ、と喉を鳴らして顔を近付けてくる花宮に、声が出ない。そして、耳元で告げられた、死刑宣告に、俺は、 「忘れんなよ、眼鏡クン。お前がどんだけ足掻こうと、お前は霧崎第一の、」 そして、俺のものだ。 ∴ころしてやろうか、あなたがにくい。 |