愛故 | ナノ



黄瀬×笠松


初めて、彼を抱いた。
7月とはいえ、陽の出ていない朝方はそれなりに肌寒い。人気のないコンクリートを蹴る、あてどなく走る。試合でもそうそう乱れない息を乱して、それでも走る。そうして興奮を紛らわせなければ、今にも叫び出してしまいそうだったから。


笠松先輩を、抱いた。
痛かったら、言って下さい。渇いた喉を唾で潤して、震える指で彼を抱き締めた。俺のがずっとずっと手慣れている筈なのに、落ち着けよ、ばか、と、逆に頭を撫でられて。(この人が、誰よりもいとおしい)もう一度、痛かったら、言って下さいね、と呟いて、彼の身体に覆いかぶさった。
意識が保たれていたのはそこまでだった。夢にまで見た彼の身体、妄想の中何度も汚した身体は、自分の想像を遥かに超えて、温かくて、滑らかで。首に回された手の中で、その日、俺はもう一度生まれた、と思った。


目を覚ませば彼が横で眠っていた。それはそうだ、昨日彼を抱いたのだから。彼のすべらかな背中に点々と散る赤をぼんやりなぞりながら、ふと、そう言えば、彼は結局、一言も痛い、と言わなかったと気付いて。
さっきまでのぬるい思考は何処に行ったのか、脳が沸騰したかのように熱くなって、衝動のままに家を飛び出した。
彼を前に、いつものように取り繕える気がしなかった。この人は俺のものだと、大声で言いふらしてやりたい気分だった。




結局、散歩していた犬に出会い頭に吠えられて、謝る飼い主さんに営業スマイルを向けながら、ああ、帰ろ、と、唐突にそう思った。疲れきった足を引きずり、元来た道をとぼとぼ歩いて、さっきまでの激情は何処にいったのか、いつの間にか射してきた陽が眩しい。見慣れた扉を開けて、靴を脱ごうとして。きちんと揃えられた、笠松先輩の靴に、ぐわっと再び衝動が駆け巡る。頭が熱くなって、下腹部がじんじんして、いてもたってもいられなくなる。

「…っ」

そんな俺を引き戻したのは、僅かに聞こえた先輩の声だった。

「、先輩?」

声の先、寝室の布団の中から、眠たげな目を向ける先輩、再びぞくぞくと指先から爪先まで走った震えを圧し殺し、先輩に歩み寄る。

「せんぱい?どうかしましたか」

小さな手招きに従い、ベッド脇に膝をつく。そこに、先輩の指が伸ばされた。拍子に布団が捲れて、やらしい。

「ばか、どこいってたんだよ」
「え、あ、」
「寂しい、だろ、」

ばか。
もう一度、小さく呟いて、先輩は笑った。ゆるく眉を下げて、目をとろりと細めて、俺の、布団の中で。
衝動に任せてシーツごと抱きしめれば、抵抗もなく、寧ろ背中に腕が回った。

愛しさで、泣けることって、あるんだ。頬に落ちた涙に気付いて、何泣いてんだ、と先輩に笑われるまで、あと10秒。


あなたと生きて逝きたい


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黄瀬くんの誕生日話だったなんて口が裂けても言えない


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