黄瀬×赤司 (あの人の、瞳について。) 与えられることが好きだった。 憧憬も愛情も嫉妬も憎悪も憐憫も、与えられるならなんだって受け取った。勿論、こころ、も。 「けどねぇ、赤司っちは何もくれないから」 埃まみれの壁に押し付けられているのは、エベレストより高いプライドを持つ赤司にとっては、屈辱以外の何物でもないだろう。剣呑に細められた目は殺気を孕んでぎりぎりと黄瀬を焼く。それに竦むでもなく、黄瀬はにこりと人の良い笑みを向けてみせた。 「何が言いたい?まだメニューが物足りないか?それとも――――」 「ほらぁ、分かってないなぁ、赤司っちはさ」 ガン、壁に黄瀬の足が押し付けられる。流石キャプテン、肩を揺らしもせず真っ直ぐに視線を向ける度胸には感服するが、今はそれが仇になる。 「俺はね、俺だけに何かを与えられるのが好きなんス。誰かと一緒のものを与えられるなんて、たまったもんじゃないッスよ」 ―――こいつ、誰だ。 表面上冷ややかに保つ赤司も、黄瀬の常との落差と、見下げられるという慣れない状況に、少しずつ冷静さが欠けてくる。 今すぐにでも殴りつけ、躾けてしまえば良い、今までだってそうしてきた。だが、今手を振り上げれば、この賢い犬はあっさり飼い主を捨てて、それこそ『特別』をくれる人の元に行くだろう。磐石な勝利に必要不可欠な要素を、自ら手放すような真似を、赤司は決して許さない。とはいえ、牙を向ける飼い犬に大人しく噛まれてやるほど、赤司は優しくもない。 「ならば言ってみろ。お前は俺に何をして欲しいんだ?場合によっては、与えてやらないこともない」 「本当ッスか!?」 ぱああ、と目の前のオーラが4割増くらいになる。眩しい止めろ。 先程までの威勢は何処へやら、足を戻してふにゃふにゃ座り込み、赤司と視線を合わせて黄瀬はへらへらと笑う。いつもの、黄瀬だ。知らず、赤司は安堵の息を吐いていた。 黄瀬の手のひらが、ゆっくりと目前に迫っていたことにも気付かず。 「俺ね、俺ね―――――赤司っちの、こころ、欲しいッス!」 「あは。良い色に、なりましたねぇ、赤司っち」 あの日と同じだ。黄瀬が見下ろし、赤司が見上げる、ただ、赤司が座る場所が、清潔なシーツの上であるという点だけは異なっていたが。 「…涼太、」 「え、黄瀬じゃなくて?うん、名前呼びも良いもんッスねぇ、なんか照れくさいッスけど」 面会の時間などとっくに過ぎている筈なのだけれど。冷静な部分は囁くが、夕焼けのせいか、それとも欠陥品の片目のせいか、黄瀬の輪郭がぼやけて、捉えにくい。 赤司が伸ばした腕を、引っ張り、開いた片手で、赤司の赤い目を塞ぐ。 もう片方、塞がれていない、きょとり動く眼球は―――――黄色。黄色、黄色、黄色。 赤司を構成する一部に、黄瀬の色がある。それは、黄瀬にとってこの上なく甘美なことだった。 「俺ね、赤司っちに心はあげられない、って言われたときはどーしてやろーと思ってたんッスけどー…こんな結末が待ってるなら、何もしなくて正解だったッス」 さあ聞いて。耳にこびりつけて、もう離さないで。 「この色と生きろ」 「そして鏡を見る度に、俺に与えたものを思い出せ」 呪いだ、と誰かが言った。 赤司が、赤司征十郎である限り解けることのない呪いだと。 赤司の左側で、今でもその呪いは赤司を内側から食い荒らしている。 偽りはない、苦みはある ----- こころの代わりに奪われたもの。 |