その瞳を愛していた(hxh) | ナノ



キルア×ゴン
※ゴンがキルアの執事パロ


「不合格。やり直しだ」

殆ど中身の減っていないグラスを突き返される。割られなかっただけマシだと思いたい。吐き出したくなった溜め息をぐっと飲み込み、ゴンは一礼するとグラスを抱えて去っていった。



「また駄目だったよ…」

しょんぼり。
いつものように椅子に腰掛けてグラスを傾けるゴンの頭を、カナリアがよしよしと撫でた。ゴンはこの執事の中で一等幼い。そして新人だ。さして年の変わらないカナリアにとって、ゴンは弟のような存在で、キルアのおやつの時間の紅茶を、作っては一口程度で返され、落ち込んで帰ってくるゴンを慰めるのはカナリアの役目だった。

「何が駄目なのかしらね。私はとっても美味しいと思うわ、ゴン」
「ありがと、カナリア…おれにも分かんないんだ」

そりゃあベテランのゴトーさんには及ばないかもしれないけど。薫りも色も温度も氷の量もグラスも、みんな良い線をいっていると思う。一体何が駄目なんだろう、分からない。またもせり上がる溜め息を流し込むように、ゴンは手にしていたグラスを思い切り呷った。




キルアがそれを見かけたのは偶然だった。何か甘いものを2、3個みつくろってこようとやってきたキッチンの隅で、ゴンが自分が残してしまった紅茶のカップに口を付けていた。ゴンにとってそれは高級な茶葉をふんだんに使った紅茶をあっさり流すのが躊躇われて、捨てるなら飲んじゃえ〜という何ともお粗末な考えに基づいての行動だったのだが、キルアにはそんなことはどうでも良かった。
さっきまで自分が口付けていたものに、ゴンが口付けている。
所謂、(か、かん、間接、キス)閨術だって暗殺には絡んでくる。今更キスの一つや二つに照れるような年でもない。だが、ゴンは、ゴンだけは、特別だった。ぐわっと顔全体の熱が上がる。紅茶を飲み終えたらしいゴンがふうと息を吐く、それにすら指先が震えて、これ以上此処にいてはいけない。取りにきた筈のお菓子などすっかり忘れて、キルアは逃げるように自室へと帰ったのだった。

だから、キルアはわざと紅茶を残す。既に温かな紅茶は良を出していたから、アイスティーに目をつけた。ただ冷やせば良いという訳ではない、ゴンはまんまと策に溺れて、自分が残したアイスティーのグラスを握り締めて帰ってゆくのだ。その背中の頼りないこと!

「自分でも飲んでみろよ。何が悪いか分かる筈だぜ」

なんて、嘘っぱちの助言を真に受けて、神妙に頷くゴン、執事室に戻り、恐る恐るグラスに口付ける彼を想像しては、キルアは疼く腹を押さえて唇を歪めるのだった。





そんなある日、いつものように差し出されたグラスに口を付けて、その美味しさに目を見開いた。いや、語弊がある、ゴンだって何度も練習を重ねていたのだ、本当は良を出せるくらいには上手くなっていた。だが、この完成度は群を抜いている。…まさか。沈黙するキルアを満足と受け取ったらしい、顔を輝かせたゴンは小さく「やっぱり」と呟いた。当然、それがキルアに聞こえない訳がなく。
ゴンが失言に気付いたときには、キルアは手にしていたグラスを床に叩きつけていた。ぱりん、甲高い破裂音、思わず竦んだゴンに、キルアの腕が伸びる。

「わ、」
「これ、お前が作ったものじゃねーな」

厳しい声音に、ゴンは何も言えなくなってしまう。事実、床にじわじわ広がる紅茶は、無理をいってゴトーに作って貰ったものだった。あんまりにも自分の紅茶を駄目出しされて、おやつ時はせっかくの彼と二人きりの時間だっていうのに、行けと言われれば行くしかない。どうにかして、ほんのちょっとでもキルアと会える時間が長引いて欲しかったのだ。

「おれの、は、美味しくない、あ、キルア様のお口に合わないようでしたので、」
「おれはもう、作らない方が…」

理不尽な怒りがキルアを満たしていた。この不毛なやり取りは自分の我儘が発端だと理解している。ゴンが謝るのはお門違いも甚だしい。分かっている、分かっているが、ゴンが作ったものでなければ駄目だ。嫌だ。
少しだけ飲んだアイスティーの味が口に染みついて、何度も唾を飲み込んでやり過ごす。自分の醜い思考を責めているようだった。
合格だ、と言ってやれば、ゴンはきっと満面の笑顔で礼を言うだろう。けど、けれど…。



時間にして、それは数分でも数秒だったかもしれない。それは唐突に訪れた。

「やーめた、」

キルアが叫んだ。
きょとんとするゴンから手を離し、椅子から上半身を引き上げると、

「分かったよ、負けだよ、負け、俺の負ーけ」

ゴンの項を引き寄せた。かくん、と折れる首、唇の触れる寸前、驚愕に見開く瞳を間近に見て初めて、そういえば随分、彼の瞳は紅茶に似ているなぁとキルアは思ったのだった。

「合格だよ」


世界に愛は放たれた


(お題『お茶』『グラス』『合格』)

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