四 | ナノ


村人に出された条件は、100本蝋燭に絵を描くなら、日向も木吉も、命だけは保証してやる、とのことでした。それは木吉を香具師に売るのと、ずっと蝋燭に絵を描かせ続けるのと、どちらが得かを見極めたいという汚い魂胆から生まれた思い付きでしたが、木吉がそんなことを知る訳がありません。日向に合わせろ、あの血はなんだと暴れる木吉を無理矢理近くの家に押し込み、見張りをつけて、村中の蝋燭という蝋燭が集められました。狭い部屋の中、木吉はもくもくと絵を描き続けました。日向が助かるなら、日向にもう一度会えるなら、なんだって良い。寝食も忘れて、木吉は作業に没頭しました。

そして100本目の蝋燭を手にした所で、外が騒がしいことに気付きました。乱暴に開いた扉の奥に、松明を掲げた男達が見えます。まだ100本終わっていないのに、どういうことだと首を捻る前に、どさりと床に投げ出されたそれは、

「な…」

胸元を真っ赤に染め上げた、日向の変わり果てた姿でした。震える腕で抱き締めた体は冷たく、握った手が握り返されることはありません。

木吉が蝋燭に絵を描いている間、意地の悪い香具師が、村人にどれだけ人魚が不吉なのかを説き伏せて、木吉を売ると約束させてしまったのです。当然日向は抵抗しました。数百里も離れた、知らない場所に、木吉が連れていかれるなんて、耐えられない。騙されるな、聞いてくれ、という日向の懇願は、最早鬼の心をした村人には届かず、可哀想に、誰かが振り上げた刃を胸に受けて、それきり動かなくなってしまいました。

「じゅん、ぺ、」

守ると誓った。助けると言った。100本描けば、解放すると約束したのに。
怒りの咆哮を上げる木吉を押さえつけ、男達は手際よく完成した蝋燭を集めていきます。日向を殺し、木吉を売り飛ばした挙げ句、それでも蝋燭の恩恵を求めたのです。
最後の1本、手に握り締めていたまっさらな蝋燭を、木吉は最後の力を振り絞って真っ赤に塗りました。


抵抗も虚しく日向の骸を腕から奪いとられ、引きずられて檻に入れられ、船に乗せられ、木吉は、下卑た笑みを浮かべる、例の香具師から、金を受け取る村人の姿をぼんやりと見ていました。

日向が、大切なんだと笑っていた人々。そんな彼らの仕打ちに、日向は泣いただろう。日向と過ごした日々が、木吉の頭に浮かんでは消え、浮かんでは消えました。

出発するぞ、と叫ぶ商人に、木吉は握ったままだった真っ赤な蝋燭を差し出しました。

「これを、灯りに」

成り行きを見ていた村人が、奴の蝋燭は一級品です、必ず平穏な船旅が出来るでしょう、と囃し立てます。それならば、と香具師はあっさり蝋燭を受け取り、火を灯し、船を出発させました。



その船の何もかもがずたずたになって海に浮かび上がったのは、それから一刻ほどのことでした。晴れていた空に突然暗雲が立ち込めて、船を滅茶苦茶に壊したのです。波打ち際に打ち寄せられた残骸が、その惨劇を教えてくれました。
ただ、どれだけ探しても、木吉の入っていた檻だけは、欠片も見つかりませんでした。


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