一 | ナノ


風の強い強い日でした。煽られて当たってくる砂が、痛いくらいです。水の入った盥を落とさぬよう海岸を歩いていると、視界に岩場にだらりと垂れ下がった腕が飛び込んできました。盥を放り投げて慌てて駆け寄ります。頼むから、死んでいませんように。

「おい、あんた!しっかりし…」

ろ、と言葉は続きませんでした。目の前に投げ出された体、上半身は人間、海につかった下半身には、紛う事なく魚の尾がついていたのです。







「…ん?」
「起きたかよ」

暖かい。

見慣れない風景と声に、木吉は飛び起きました。途端にずき、と膝に鋭い痛みが走って、また倒れこんでしまいます。大人しくしてろって言っただろと、横で火を調節していた少年は呆れを隠しもしません。初めてまともに見た人間の姿に、木吉の体が緊張で強張ります。

「安心しろよ、別に殺したりしねーし、人にも言わねぇ」

言われてから、木吉はやっと今の状況に気付きました。不意の波に攫われ、岩にぶつけてしまった膝には、丁寧に布が巻かれています。よくよく見れば、部屋の隅に、水の張った桶や、血のついた布、色とりどりの薬草などが、転がっているのでした。

「助けて…くれたのか」
「びっくりしたぞ、水汲みに行ったら人魚がいるんだもんな」

飲めと押し付けられた湯呑みに口をつける、余りの苦さに木吉は吹き出しそうになりました。溢すなと頭を叩かれ、涙目になりながらも何とか飲み込みます。
ちょっと可哀想に思ったのでしょうか、少年は俯く木吉の頭をよしよしと撫でました。途端に木吉の心に、名状し難い感情が浮かびます。離れていく手が物寂しくて、思わず強く掴んで、勢いのままに叫んでいました。

「俺は木吉鉄平。お前の名前、教えてくれないか」

不思議そうに瞬きしながら、少年は口を開きました。

「…日向、順平」

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