それが、恋 | ナノ


学生男鹿×保険医古市


「うぃーっす古市」

扉を開くと、消毒液独特の匂い、眠ってと言わんばかりのふかふかベッド、そして部屋の中心の椅子に座り、脱脂綿の補充をしていた古市が、呆れたように男鹿に目を向けた。

「またお前か、つか古市先生だ、せ・ん・せ・い」
「へーへー」

慣れた動きで、男鹿が皮張りの長椅子に座ると、古市は器用に椅子に乗ったまま男鹿の前に移動する。男鹿の捲り上げられたワイシャツから覗く傷に、古市は顔をしかめた。

「一応聞くけど、原因は?」
「喧嘩しかねーだろ」
「堂々とすんな」

バインダーに挟んだカルテの「原因」の欄、その他にチェックを入れ「喧嘩」と書く古市に、律儀なモンだと男鹿は笑う。

「場所は?」
「体育館裏」
「時間は?」
「あー、昼休みだから…12時半くらい」
「症状は?」
「切り傷と打撲」
「患部は?」
「左腕」
「前も左腕怪我してたな…よし終わり」

一通り書き終わったバインダーを横に置くと、補充したばかりの脱脂綿をピンセットでつまみ、消毒液に浸す。差し出された男鹿の手を取ると、そのまま慎重に怪我を消毒していく。古市の灰色の瞳からは普段のおちゃらけはなりを潜めて、真剣さだけが覗いている。それを見るのが、男鹿は好きだった。



石矢魔にやってきた命知らずの保険医、それが古市だった。一体何があってこんな不良の巣窟に来たのかは分からないが、喧嘩の絶えないこの高校では、治療費が浮くと案外珍重されている。(因みに古市にこれを話したら微妙な顔された)そのために手を出されることもなく、案外のびのびとやっているようだった。


湿布を貼り、ガーゼを止め、治療し忘れは無いかざっと確認して、

「よし終わり。…もう来ちゃ駄目だぞ?」

顔を上げた古市と目が合う。咄嗟に視線を反らした男鹿をうろんげに見つめながら、古市は立ち上がる。

「努力はする」
「つか喧嘩しなきゃ良いんだよ喧嘩しなきゃ!」

ぺしりと軽く男鹿の頭をこづき、古市は笑う。

「保健室なんて、来ないのが一番良いんだからな」
「…でも俺が来なきゃ、寂しいだろ」
「はは、バーカ」

古市はそのまま自分の机の上にあった、ファンシーな箱の蓋を開けると、ぎっしりと詰まった飴の一つを取り出し、男鹿に渡した。

「無茶するなよ」

じゃーな、と無邪気に手を振る古市に小さく笑い返して、渡された飴玉を食べることなく、男鹿はそれを大事そうにポケットにしまいこんだ。


転がる不良たちを軽く足でこづく。面倒くさい真似ばっかさせやがって。ちょっと絆創膏をつけてたらこれだ、自分にも傷をつけられると思いやがる。例え何十人束になっても、傷一つつけられないって、気付けよ。

「自分でつけたんだっつーの」

誰が持ってきたかは知らないが、転がっていたナイフを取る。そのまま、自らの剥き出しの左腕を切り付けた。うっすらと裂けたそこから溢れる血、まあこんなモンで良いだろ。一介の保険医に過ぎない古市は、傷口が明らかに他人につけられたものではないと気づかない。
ふと、ポケットに入れていた飴玉を見ると、粉々に砕けていた。苛立たしさを隠しもせず舌打ちすると、男鹿は気絶する不良たちを蹴り飛ばす。そのまま仰ぎ見た空は端っこが夕焼けに染まり、夜の帳を落とし出している。これくらいならまだ古市もいるだろう、鼻歌交じりに男鹿は歩き出した。

あなたと呼吸するのが待ち遠しい


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