美しさとは。 | ナノ


成御(逆裁)

※直接的な表現はありませんが御剣が多数と身体の関係を持っている設定です。


彼を構成する全てが美しいと成歩堂は常々思っている。


「君も私を抱きたいのか。」
瞬間成歩堂の思考を染め上げたのは怒り。ちょっとしてから憐憫、驚愕、虚無だった。そのちょっと、の間に成歩堂が手を振り下ろさなかったことは奇跡に近い。
「馬鹿に、するな。」
地を這うような低い声だったのに御剣は眉一つ動かさなかった。竦んでいないというよりはどう反応していいか分かっていないようだった。
「馬鹿にするな。」
もう一度口に出すと、今度こそ困ったように視線を下げた。
「違うのか。」
「違うもなにも。君と僕は友達だろう。セックスなんてする仲になった覚えはないね。」
じりじりと脳を焼く怒りの感情は思考を混濁させる。いけないいけないと首を振ってなんとか保たれる正気は、しかし次の御剣の言葉によってあっさりと失われた。
「それは過去の話だろう。未来にはどうなるのかなんて分からないではないか。」
「ーーいい加減にしろ!」
衝動のままに壁に向けた拳より、ずっと胸の奥底が痛かった。音に驚き目を見開く男の顔はそれでも美しい。成歩堂が愛するままに、舌打ちしたくなるほど。
「お前は美しいよ、御剣。認めてやる、他のヤツがお前に抱くのと同じように、僕もお前を好ましく思っているよ。その顔に、体に、気性に、あるいは地位に。」
御剣の唇が何かを言おうとして開くのを遮るように成歩堂は続けた。
「でもね、僕はその好意を肉欲としてお前に伝えたくない、決して。」
御剣は美しい。灰の眼を縁取る睫毛の一本をとっても彼が神に愛された証拠だと成歩堂は思っている。御剣が望むのならば不特定多数と関係を結ぼうと色欲に溺れようと何一つ文句は無い。ただそれを己に求めるならば断固として拒否する。
「だって、そんな物は必要ないんだから。」
言うや否や成歩堂は御剣の頬を撫でた。温かで柔らかな肌をしている。成歩堂は思った。冷たくて硬い掌をしている。御剣は思った。両者の温度の差は圧倒的なまでの情欲の差だった。しかし。
ああ。思わず御剣の唇から零れ落ちた喘ぎにあるのは落胆とそれ以上の安堵。余計な情の削ぎ落とされた剥き出しの愛のなんと心地よいことよ。白い頬を涙でしとどに濡らしながら、御剣は寄せられた成歩堂の右手にそっと体重を乗せた。
成歩堂はその重みを静かに噛み締めていた。きっと今自分の体を切り開いたら愛おしさで満ち満ちていると錯覚する程に、成歩堂の心を染める、御剣への愛。
「愛しているよ、御剣。」
御剣は答えない、答える必要は無いのだから。ただ与えられるだけの愛もあるのだと、御剣は初めて知った。その尊さ、喜びも。成歩堂からの愛に、御剣は目を閉じて感じ入った。
俯く御剣の旋毛からちらりと視線を反らすと、先程拳の打ち付けられた箇所が僅かに窪んでいるのが見える。あの拳がこの頬に向かわなくて良かったと、成歩堂はそっと胸を撫で下ろすのだった。

お美しい

※何回愛って言いましたか。

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