畜生。 | ナノ
(まっくら花日)
その日が来る、ということを、花宮真はずっと知っていたのだ。
やめろ。口の中で形作られただけの言葉は声にならない。
「そんな目で、俺を見るな」
自身の手のひらに感じる脈拍は足りない酸素を補うかのようにどくどくと激しい。既に力を失い身体の横に落ちているだけの指の先には血がこびりついていた。抵抗にたてられた爪。痛みはない、今はまだ。全てが終わったときにやってくるのだろうか。
「俺は、俺はね、メガネ君、お前のことが好きだったよ、お前が頷いたとき、柄にもなく舞い上がって、信じてもない神に感謝した」
ぎりり。感情の高ぶりと共に腕にこもる力に、一際大きく喉笛が鳴った。レンズの向こう側の目が濁る。滲む、零れる。その水晶体に写っていたのはいつだって自分じゃなかったとどうしても信じたくなかった。
「俺越しに、あいつを見るな」
縮こまる緑の虹彩、驚愕の表情、気付いてなかったと思うのか、俺が、メガネ君自身が。首を絞められた今、唇は否定も弁明も紡げない、それを肯定と捉える己の卑怯さ。でも、それも含めてお前は、「愛してたのに」
結局、
あの日あの瞬間、奪ったはずの男から与えられた自分たちの関係性は、今の今まで覆すことは出来なかった。つまり、負けたのだ、俺は。負けたのならば喪われなければならないものが、あるだろう?
嗚咽を漏らさぬよう食い縛った唇のしたで、いま、ごとりと首が落ちる。
:孵化