詰め合わせ | ナノ


月日

「日向、ひどい、お前は、ひどい」
俺の上に跨がって伊月はえんえんと泣いていた。下にある俺の顔がびちゃびちゃになるくらい泣いてるっていうのに、次から次へと伊月の目尻からは涙が溢れてくる。このまま干からびてしまうんじゃ、なんて非現実的な考えも、どこか浮世離れした風のあるこいつだったら通用しそうなのだから、恐ろしい。
「伊月、泣き止んでくれ」
非力な俺は、そう言ってやることしか出来ない。
幼い頃からこうだった、一度決めたら譲らない頑固なところがある伊月は、泣くときもそうで、泣くと決めたらずっと泣いた。沢山の菓子も新しいゲームも何も伊月の涙を止めるには至らない、宥めては逆ギレするを繰り返していた俺も、段々と頭がごちゃごちゃになって、一緒になって泣き出す、それが常だった。二人してわんわん泣いて、その内泣き疲れて、寝て、目覚めて、けろりとした顔でおはよう、なんて告げる幼馴染みに、ガックリと肩を落としたものだった。大きくなって、伊月は強くなった、泣く回数もぐんと減った、それでも、二人っきりで、泣く日はあった。
それが無くなったのは、いつからだ。
「日向は、俺の前では、もう泣いてくれないんだ、」
「伊月、俺は、」
「分かってる、分かってるよ」
伊月の手のひらがぎゅっと俺の学ランを掴んだ。ちょうど、左胸の、上。
「あいつが、涙ごと、お前を拐ってったことぐらい、知ってる」
「……」
「ずっと、俺だけのものだったのに」
ちくしょう。
綺麗な顔を歪めて伊月は再び泣き出した。肩口に押し付けられた伊月の頭を抱えてやる、乾いた眼球を濡らしてくれるものがない俺には、もう、こんなことしか出来ない。

∴心は奪われない、もう無いのだから


笠日

強くなれ、俺よりも。それが彼の口癖だった。
「お前の、たゆまぬ努力を疎んじないその精神があれば、絶対出来る」
自身の髪を撫でる手つきは恋人のそれというよりも兄貴や年長者としての親愛を持っているように思えた。この年で頭を撫でられることなど久しい、照れ臭さが先行して、まともに目を合わせることも出来ない。
「買い被り過ぎです。俺なんかじゃ、笠松さんに追い付くことも出来ませんよ」
世辞でも僻みでもなく、そう思う。キャプテンシーも技術も何一つとして秀でたところはないと自覚している。それらが努力だけではどうにもならないことも。
「そんなことはねーよ。俺は、お前が出来ると確信してるから言うんだぜ」
「………」
機嫌良く笑う笠松先輩、しかめつらの俺、何度このやり取りを繰り返しただろう。多分きっと、俺が笠松先輩を超えるまで続くのだろうと漠然と思う。あり得ないってのに。むくれる俺の横で、やはり笠松先輩は笑っている。
「強くなれよ、日向」
そして、いつか俺を超えたとき、
「俺に、お前をぶっ壊させてくれよな」

∴戦闘本能


海常

海に行こう。言ったのは森山だったか黄瀬だったか。昼には日射しがさしても夕方にはしんと冷え込むのがこの季節らしい。足を浸して、その冷たさに早々に海に入ることを諦めたらしい森山は、浜辺で中村や早川を巻き込んで砂の城を作っている。小堀は一体どこから引っ張ってきたのか、小さなバケツとシャベルでせっせと砂を掻き出していた。どーせやるなら、超大作作るッスよ。黄瀬の笑い声が、聞こえる。
海岸線の向こう側に沈んでいく夕焼けのせいで、橙色に染まった海は、ようく冷やしたオレンジジュースのようにきんとして、静かにたゆたう。
ジャンケンに負けて近くのコンビニに買い出しに行かされていた自分が見たのはそんな光景だった。
「笠松センパイーっ、早く、見て見て!」
こっちに気付いて立ち上がった黄瀬が、大きく手を振る、その足元に鎮座する、不恰好だが大きな城が、いつまでも壊れなければ良いと不意に思った。

∴明日の海は青いだろうか





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