さよならだけが人生だ | ナノ

海常卒業式

森山
ぐりこ、ちょこれいと、ぐりこ、ぱいなっぷる。
一人階段じゃんけんに飽きてきた頃、目的地に続く廊下に着いた。歩くとギィギィ軋む木目の床は、改修工事をするする言いながら、結局3年たってしまった。
第2ボタン、くれませんか。勇気を振り絞ったのだろうな、可哀想に、耳まで真っ赤になって震える少女に、思わず頷きそうになりながら、告げる。
ごめんね、もう決めてるんだ。
しっかりと扉を閉めた。誰にも見られていないことを確認、よし大丈夫。第2ボタンだけが切り取られたブレザーはなんだか間抜けで、脱いでしまった。
ボタンは、誰かが気紛れによっしゃ掃除でもすっか!という気分にならない限りは触れられない場所に置いてきた。ボタンだけではあれだから、封筒と数行のラブレターと一緒に。
スマホの電源を入れると、着信履歴が凄いことになっていたので、部室へと急ぐ。
足元からの耳障りな音、原因不明の汚れた壁、塗装のはげた手すり、その全てが、
好きだった、よ。




中村と早川
森山先輩がいないと探しにいった笠松先輩、小堀先輩を待っている間に、おれ、ぜったいなかないから、みてて。既に赤い目でそう宣言していた早川は先輩たちの前に立った途端に肩を震わせ始めた。はい早川くんアウトー、チャレンジ終了。まぁそうなるとは思ってたけどね、早川の涙脆さはぶっ飛んでるから。ああ、ほら、ら行が言えないのと相まって、鼻水と涙声でもう何を言ってるのか分からなくなっちまってる。それでも雰囲気は伝わってくる、先輩もチームメイトも顔を赤くして、誰ともなく嗚咽が聞こえてくる。かくいう俺も、じわじわと視界が歪んでいく、辛くて悲しくて、目を閉じてしまいそうになる、でも、みていてと、彼が言ったから、肩を震わせながら、それでもぴんと背筋を伸ばし前を見つめるその後ろ姿から、目を反らすことは、決してしない。




小堀
誰もが俯き、涙をこらえて目を瞑る中、早川の背中をじっと見つめる目に気付く。かつて笠松の背中を見つめるのは俺の仕事だった。笠松が主将に任命されたまさにその日、笠松から頼まれたのだ。誰かが俺の背中を見ている限り、折れる訳にはいかないだろ。そう言って、笠松はにっと笑ってみせた。その決意と覚悟は、傷を抱えた笠松に、どれだけ勇気がいることだったろう。今なら分かる。
まぁ、かつて、なんて過去形になってしまっている段階で、俺の役目は終わっているのだ。あれ程見つめた主将の背中は、もう見えない。
横に並ぶ、俺には。




黄瀬
何を言ったらこの心の中が伝えられるのだろうか。貧相な自分のボギャブラリーで答えが見つかる訳もない、こうしてセンパイ達の前に立ってる今ですら、喉の奥に塊があって、言葉が、涙が出ない。

「センパイ、あの、オレ、」

ありがとう(見捨てないでくれて)、
ごめんなさい(いっぱい迷惑掛けました)、
幸せでした(このチームでプレイ出来たこと)、
尊敬しています(センパイ方、皆)、
大好きです(ずっとずっとずっと)、
言いたい言葉が沢山あった、でもどれもが陳腐で在り来たりで、しっくりこない。もどかしさに息が出来ない。縋るように顔を上げる、そこにあった、笠松センパイの目に。

「……っ、あ、」

喉につかえていたそれがほどけるのを感じると同時に目からぼろりと涙が溢れた。

「………センパイ、」

最初から、伝えたいこと全てを言葉にするのは不可能だった、そもそもオレは言葉を知らないし、おまけに泣いてるせいで頭が回らなくなってきてるから、たった一言、確かに浮かんだ言葉だけを、贈る。





笠松
中村に背中を擦られながら後ろでタオルに顔を埋めて泣く早川に、負けず劣らず顔をぐちゃぐちゃにした黄瀬から、イケメンは泣かないと顔を覆っていた森山、目尻を赤くした小堀、そして俺へと、花束が渡された。渡される側になるのは、感慨深いものがある、大分大人しくなった筈の涙腺が再び緩んできて、慌てて受け取ったばかりの花束に顔を埋めると、弾みで取れたらしい、床に花びらがいくらか散らばっているのだった。この会が済んだら、ここにいる奴らの手で片されるのだろう。反して俺の腕の中の花束は少なくとも枯れるまで俺の部屋を占領するのだろう。花とは、そういうものだ。

花びらは散る 花は散らない

いつか、何かの本で読んだ言葉を思い出す。
俺らは今から散っていく、もう人の目を楽しませることも芳しい香りを放つこともない、ひっそり忘れられ、消えていく、それでも、花は、お前たちは、海常は、散らない。
いつまでも花束に顔を突っ込んでいる訳にはいかない、胸一杯に香りを吸い込んで、ようやく顔を離す。
花びらから、花へ、最期に遺すものがあるならば、それは。

――――


「さようなら。」


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