二人でなら良いかな、と。 | ナノ



黒火


部屋の隅で大人しく本を読んでいた筈の黒子が、ソファに座って寛いでいた火神の手から雑誌を奪い取った。良いとこだったんだけどな、不平はあるが声にはしない。空っぽになった火神の腕の中に自分自身を詰め込み、黒子はそっと囁いた。

「火神くん、一緒に死んでくれませんか?」



黒子はある種の病に掛かっていた。所謂“心中願望”という奴である。その病は時と場合を選ばず、頻度と発症期間も不明である。

初めて発症を確認したのは、学校の休み時間だった。穏やかな日差しの中、突然腕を引かれ、

「火神くん、僕と死んでください」

言われた時はとにかく驚いた、何と返すべきかも分からず黙っていると、はっとしたように手を離した黒子が、

「すいません、忘れてください」

真っ青な顔で言うもんだから、火神は問い質すタイミングも逃した。黒子は大事な相棒だ、何か悩んでいるなら助けになりたい。それでも黒子が打ち明けない限りは踏み込んではいけない気がして、尋ねるのは憚られた。結局その日は午後中ずっと顔色の悪い黒子を気遣うだけで終わった。
次の日、火神におはようございますと挨拶してきた黒子の顔色は、常に戻っていた。ちょっとした冗談だったのだ、火神はそう自己完結して、寝起きでぐしゃぐしゃの黒子の頭を掻き回して、笑った。

それっきりなら冗談で済んだ、しかしお誘いは二度三度と続いた。酷い時には一日に二回言われることすらあった。とうとう両手両足で数えられなくなった頃、火神は決意した。
考えるのをよそう。
黒子のそれはきっと治しようが無い病なのだ、彼が先輩や同級生にそういった言動をすることはない、だったら自分が黙っているだけで良い。良く言えば妥協、悪く言えば諦めだった。



「死んでしまいましょうよ、一緒に」

ああ、と。
意識が膝上の重みに戻る。
気がつけば首には黒子の腕が回されていて、少し動くだけで唇が触れ合いそうなくらい近い。

「ねぇ、火神くん」

黒子の瞳は、綺麗だと、よく思う。海の浅いところを掬い上げたような、春空を切り取ったような、美しい青の色をしている。あの、例の病を発症しているとき、その目は、ゆらゆらと揺れていると知ったのはいつだったか。眼球をたっぷりと覆った涙が、光の微妙な反射で、そう見えさせているのだ。

火神は黒子に何も聞かない。なぜともどこでともどうやってとも聞かない。聞くだけ無駄だと思っていたからかもしれない、あるいは、火神の鋭い感覚が、聞いたが最期だと強く訴えていたからかもしれない。

火神がするのはたった一つだ。
あの日、黒子の病がとうとう黒子の身の内を食い荒らして外へと晒されたとき、掴んできた腕に、交差した視線に、火神は全ての選択肢を削ぎ落とされていた。

お前も、そう、かかっちまったんだな。

火神はその病を見るのを初めてではなかった。とっくに発病していた火神自身に黒子が気付いていたか知れない。
火神が発病し、そして黒子が発病した、死ぬまで治らないその病を、二人で抱えて生きていく。

「火神くん、聞こえませんでしたか?仕方ない、もう一度言いますね」

首を傾げてみせる黒子は、今となっては、自分から忘れてくださいと遮ることも申し訳ありませんと謝ることもしない、火神が用意したたった一つの答えを、ただ待っている。

「僕と一緒に、死んでください」


「おう」


すくすく朽ちる


----
厄介な恋患い。

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -