「日向、それどうした?」 台所からお茶を持って縁側に帰ってくると、日向がしかめ面して手のひらの中のものを弄んでいた。手のひらの中のもの、白のネットには、小ぶりの木の実が3個つまっている。 「この間、帰りに歩いてたら貰った奴。すっかり忘れてた」 「ふーん?開けてみたら」 「おう」 鋏を取って渡そうとしたら、日向は網目に指を引っかけて強引に抉じ開けた。ワイルドだぜぇ。ちょっと古い。 「あ、ドングリだ」 「ドングリだな」 懐かしい!畳に広がった1粒を思わず手に取ってしげしげと眺めてしまう、幼い頃、よく山で意味も無く拾い集めたっけ。 「お前が持つと、すっげー小さく見えるなぁ」 日向が麦茶を片手に笑っている。その後ろに青空、大きな入道雲。雑草が抜かれてこざっぱりとした庭と綺麗に掃かれた石畳、深く息をすると、自分たちがいる部屋の、畳の匂いがした。 「お前ん家の庭、良いよなぁ。いつ見ても綺麗だ」 「え、ああ」 日向へ向けていた俺の視線を、背中にある庭だと思ったらしい、日向も、ふっと視線を庭に向けた。婆ちゃんが大事に手を加えている庭だ、誉められて嬉しくない訳が無い。 「ありがとう。婆ちゃん喜ぶよ」 「そーか」 気が付けばコップはどっちも空になっていて、畳にはさっきまで無かった漫画が開いたまま放置されていて。寝転び始めた日向の横に、同じように片肘をついて寝転ぶと、暑苦しい、と足で軽く爪先を蹴られてしまったから、少しだけ離れる。 「これ、何の木になると思う?」 日向との間に転がっているドングリに触れる。つるつるとして冷たいそれは手のひらの熱を奪って気持ち良かった。眼鏡のつるが当たるのか、日向は目線だけをドングリに寄越した。 「知らねー。植物とか全然詳しくねーし。お前分かるのかよ」 「いや全く」 分かんねーのかよ。 小さく笑いながら、今度こそ日向は身体ごとこっちに向けてくれた。レンズの向こう側と視線がかち合う。 反らされないで、ただゆったりと瞬きを繰り返す緑の瞳を、愛しい、そう思った。だから、ずっと思っていたことを、口にすることにした。 「なぁ、日向。このドングリ、庭に埋めよう」 ドングリを弾いていた日向の左手ごと握りしめる。あ、俺、手汗大丈夫かな、なんて、気になったのは一瞬だけ。 「そんで、何に育つか、一緒に見よう」 日向の口が、開いて、閉じて。開く。 「……木って、育つのすげー時間かかるんだぞ。20年とか、30年とか」 「うん、知ってる」 「しわっしわの、じーちゃんになるまで、掛かるかもしんねーぞ」 「それで良いよ」 それが、良いよ。 長い沈黙は、それ以上に長い長い日向の溜め息で終わった。 「……お前は、阿呆で、肝心なとこで抜けてるから、絶対水やりとか忘れそうだ」 「酷いな」 「だから、」 俺がちゃんと見ててやるよ、お前の横で。 「………うん、ありがとう、日向」 「はいはい、分かったから泣くな」 お前が泣き止んだら、埋める場所を決めよう。3つあるから、慎重に決めないとな。腕の中で日向が笑った。振動が擽ったくて俺も笑った。暑いな、どちらかともなく呟いたけど、今度は離れる気にはならなかった。 光の輪郭 ---- プロポーズ。 |