黄→笠 何もかもが、燃えているような、夕焼けの中で、すうすう、と、先輩の寝息が、聞こえる。広げっぱなしの部誌の上、組んだ腕に頭を乗せて眠る、その姿に、小さく笑みが零れた。あどけない寝顔は、子供の輪郭を残している。 子供、そう、忘れそうになるが、笠松はまだ子供だった。高校1年と3年という些末で絶対的な差は、校内では尊重されこそすれ、社会に出れば、“子供”、それで一括りだ。黄瀬は、職業柄、その社会寄りの世界の人間だった。 子供は真っ直ぐで、自分の行動を疑わない。決め込んだら一途で、頑なになる。笠松の性格は良い意味で子供らしかった。勝利に一直線に走り続ける姿勢を、黄瀬は好ましく、思う。 黄瀬の好ましく、とは。恋情だけでない、どろどろしたもの、言ってしまえば、性欲とか独占欲、そう言うものを含んでいた。けど。 先輩の、力無く開かれた指先から、さっきまで忙しなく動いていたであろうシャープペンが転がっている。起こさないよう慎重に、先輩の人差し指の先をそっと摘まむ。この手で、たくさんのものを掴んでいくのだろうと思う。 幸せに、なって。 俺の願いはそれだけだ。性欲も独占欲も劣情も愛情も恋情も何もかもに、その願いは勝った。たくさん掴んでいくものの中で、先輩は本物の幸せを見つけるだろう。それを傍らで見守る権利を、先輩と後輩という、今のこのポジションだけを、俺は望む。 本当はね、本当は、俺がその幸せを与えてあげたかった。でも俺だって、たくさん抱えていかなきゃならない、先輩のものよりもずっとそれらは複雑で、陰気で、愛おしい。そして、先輩を傷つけるだろう。だから、一生、告げる気はない。 (俺と一緒に、)(。) ねえ、幸せになってくださいよ。きりきりと胸を締め付ける痛みだって、涙腺を刺激する熱さだって耐えてみせるから。あなたよりほんの少しだけ“子供”じゃない俺は、みっともなく泣き叫んで貴方を困らせたり、踞って手を煩わせたりなんかしないから。 来るべき未来がやってきて、あなたが幸せを掴んだ、そう笑ってくれる日を、俺は、ずっと、待っている。 夕焼けの端っこに、暗闇が見えたから、俺の時間はもうおしまい。先輩の指先を摘まんでいた手は、先輩の肩へ。もう、大丈夫だよ。 俺はあなたの、ただの一人の後輩、黄瀬涼太です。 「せんぱい。おきて」 「………、黄瀬?」 幸せに、なって。 ただ、それだけを、願う、よ。 心のそこからだいじにだいじにしていたよ --- 未来を生きてみたいと願えば、すべて失ってしまう、と。 |