青色の瞳



 小学校の頃から何故かオレの後をついてくる物好きな女、九楼撫子。
 財閥令嬢の名に相応しいこれぞおじょーサマって雰囲気のキレーそうな見た目で、その実、人には喧嘩をやめろってやたら口煩ぇ癖に自分も他人を言い負かして泣かせてたりするとんでもねぇ女だ。
 その物好きはどうやら中学に上がっても変わることはなく、そろそろ周りが色恋だのなんだのってそういう方面で気にし出してるっつーのにオレの後を追い掛けてくる。

 にしても、たかだか中学生ってガキの分際で小学生よりはでかいと思い込んでやがるやつがちと多すぎるだろうよ。
 オレと一緒にいるせいで色々言われてんのにこのお嬢は全く気にも留めないらしい。そういうのを図太いって言うんだよな。

 そんな図太いお嬢にも不安定な時期があったのを近い過去に覚えている。
 中学に上がる前の秋の終わり、確か、あいつらとタイムカプセルを埋めてからそんなに時間が経ってねぇはずだ。
 そん時、いきなりコイツがまるで大人の女みたいに見えた時がある。
 元々、周りのキーキーうるせえ女共とは違って落ち着きすぎなとこあるなとは思ってたけど、それにしても異様な色気を放っていた。
 オレの顔を見ると妙に悲しそうにしてやがったりして、辛気臭くてうぜえから頬っぺた引き伸ばしてやったら何するのよ! って怒ってたな。
 ま、悲しそうよか怒ってる方がいいんじゃねえの?

 ……つーか、その時期は名前呼ばれる度に無性に苛々したんだよな。
 オレの名前を呼んでるのは確かでも、オレじゃない誰かを呼んでるみたいに聞こえて。

 今はそんな大人の色気や悲しそうな目、オレの名前の呼び方とかも変なところはねぇし、知らん内に持ち直しでもしたんだろ。
 人のややこしいことにはズケズケ入ってくる癖に、自分がそういう時は何も言わなかった。それもそん時の態度に相俟って苛ついた。

 しっかし今日も無駄に空が青いな。
 勿論、屋上でサボりだ。伸びてきた前髪がうねってそろそろうざい。
 ざっくり掻き分けて眼帯の上に移動させる。
 さて、寝るか。
 んでこうやって人が瞼を閉じて寝ようとした瞬間に給水塔の梯子からカンカンとローファーの音がしたりするんだよな。

「トラ、やっぱりここにいたのね」

「またかよ……今授業中なんじゃねぇの?」

「私のクラスは自習になったわ。トラはいつも通りサボってるだろうと思って来てみたのよ」

 薄目を開けてお嬢を見やると、当然のように隣に座って寝転ぼうとしていた。
 一挙一動動きに育ちの良さが出てるけど、やってることサボりだぜ? 昔は自習っつうならまじで予習復習してたようなやつがわざわざオレを探して一緒にサボりって……面白いやつになってきたよな。

「なんつーか、当たり前みたいにオレのこと探しに来るよな。どんだけ物好きなんだよ」

「ええ、そうね。トラのことが好きよ」

「………………」

 コイツ、単純に物好きの部分に肯定してるだけなんだろうけどさ……いや、ちっとびっくりしたっつーか……

「好きじゃなきゃ探さないわよ」

「……あのさ、こっちからすりゃどういう意味に聞こえるか分かって言ってんのか?」

「え? あっ! そ、そっ、そうじゃないわ! !? ちょっと、トラ!」

 このお嬢の無意識な発言ってのは困ったもんだよな。やっぱり分かってもなかったし。
 からかうつもりで腕掴んで引き寄せてやったら、面白いくらい動揺して顔真っ赤にしながら大人しく引きずり込まれてる。
 こんな調子じゃ、今オレらに立ってる噂も耳に入っちゃいねえだろうな。

「お前、オレらが付き合ってるって噂立ってんの、知らねぇの?」

「つっ……!? 知らないわ……噂とか、あんまり興味が無かったからかしら」

「くくっ、お嬢らしいな。んで? ついでにお前が実は素行不良とか、九楼財閥が落ちたようなもんって噂とかもあるけどいいのか? オレと一緒にいて」

 意地悪のつもりで言ってちょっと後悔したかもしんねえ……
 調子に乗ったな。コイツも別に自分の悪い噂に屈するタイプじゃないだろうけど、だからっていちいち聞かされたくもねぇよな。

「あら、今だってサボってるところよ? 素行不良は嘘じゃないわ。九楼財閥がたかだか中学生の噂程度で揺るぐなら財閥なんて大層に名乗れないわよ」

 このお嬢、この手の件に関して異常に強すぎた。
 だよな。そんだけ図太くなきゃこんなに気の強い性格にならんだろうし、わざわざオレに話しかけてこようとは思わないだろうしな。

「それに、自分の友達と一緒にいることに他人にとやかく言われる筋合いはないし、誰が何と言っても私はトラを探すわ」

「…………ったく、大したやつだよな。あんた」

 もう勝手にしてくれ。そう思いながらも笑いが零れ落ちそうになる程。
 変わったもんに目を付けられたと思ってたけど、それ以上にとんでもないもんに好かれちまったみてえだ。

 オレはずっと見てたけど、今更オレの顔を見上げてその近さにギョッとしているお嬢。
 あんた、さっきまでずっとこの距離でなかなかな啖呵切ってたところだけど。

 頬を摘まんでやるとムッとした様子で掴み返される。ガキ丸出しだな。給水塔の上で二人で寝転がって何やってんだか。
 睨み合っているところにお嬢が突然目を見開く。

「あ、れ……? トラってこんな目の色だったかしら……」

「は?」

「え、ううん、そう、よね……私、変なこと言ったわ」

 頬をつねっていた手が金色の瞳近くに延ばされる。
 オレの目を見つめるお嬢の目が揺れて、触れる手が中学生とは思えない手付きに変わって、あの時にあった嫌悪感が沸き上がる。
 今、誰と重ねてやがる。

「トラ……?」

 苛立ち始めるオレの雰囲気を察してか、お嬢は怯えた表情になる。
 オレが怖い癖にオレに嫌われたくない? そんなもん、お前よかオレが感じるべきことだろ。
 失う確率は確実にオレの方が高い。

「んじゃあ、そうだな……あんたには見せてやるよ」

「え?」

「眼帯の下。見せたことねえだろ」

 戸惑うコイツを前に眼帯の紐をほどきにかかる。
 これまでにも何度も他人に見られてきたし、喧嘩中に外れたりしてそれだけで怯えられることなんて多々あった。
 もう、大人しく隠してやる意味なんてないのかもしんねえ。
 ただ、いくら気味悪がられるのに慣れたとは言え、目を閉じて、眼帯を外して、その目を開くのが怖いって思ってる自分がいるのに気付いた。
 コイツにだけはそんな反応されたくないってか。

「わ……」

「生まれつき左右で色が違うんだよ」

 目を開いてからのお嬢の反応を見るまでの時間が長く感じた。いや、正確には目を開いて即目を逸らしたから、意識的に顔を見なかった。
 恐る恐る目を合わせる自分が情けない。たかだか女一人の反応がこんなに怖いと思わなかった。

「とても綺麗ね……猫みたいだわ……」

 んで杞憂したっつーのにお嬢は気味悪がるどころか興味津々だろ? 
 構えてたのに気が抜ける。オレの顔を挟むように伸ばされた両手を掴んでやると、やっと状況が読み込めたのか、目に見えて焦り始める。
 覗き込むのは勝手にしてくれたらいいが、目と鼻の先まで顔近付けられるとな、こっちも困ったりするんだぜ。

「そんなに気に入ったのかよ。そんなんお前くらいだぜ?」

「それはおかしいわ。トラはこんなに綺麗なのに、皆が気付こうとしないだけよ」

「気付くも何も近寄ってくる馬鹿お前くらいだろーが」

「そうね……だけどトラが誤解されると私は面白くないの」

 何でオレのことで……周りの反応なんてどうでもいいって思ってるオレよりお前が怒ったりするんだよ。

「ンなの、お前だけ分かってりゃいいんじゃねえの? ……綺麗とか、まず言われたことねえんだよな……」

 適当に返しただけだって言うのに、お嬢は何故かちょっと嬉しそうな顔をしていた。
 お嬢の緑の瞳がオレの両目を見つめる度にキョロキョロと動く。不意に金色の瞳にその手を重ねて何か思案し始めた。

「? ……不思議ね。初めて見た気がしないわ」

「はあ? ここんとこ誰でもいる場所で外した覚えはねえけど」

「ううん、そうじゃないわ……でも、思い出せない……」

「………………」

 考え込むその表情に翳りが差して、また違う空気ってモンを感じたりする。
 金色の瞳を隠すお嬢の手を掴んで、それを青色の瞳に移動させる。

「思い出す必要なんかねえ。お前はこっちだけ見てろ」

「え……っと……トラ……?」

 青色に気を取られてるのが気に入らない。言葉なんかで言い表せない苛立ちが募る。
 そうしているうちに授業の終わりの鐘が鳴る。素行不良になりきれないこのお嬢様は即座に反応して起き上がろうとするんだよな。

「次、教室移動なのよね。……ってトラ、手、離してよ。教科書準備してないんだから戻らなきゃ」

「……嫌だっつったら?」

「!!?」

 異様な程に驚いているお嬢の手の甲に口付けてみせると、本格的に振り払われて距離を取られる。
 おいおい、コイツ、オレのことなんだと思ってんのかしんねぇけど、フツー、今のは誰でも傷付くんじゃねぇの?

「わ、私、もう行くわ。義務教育だって言っても、トラもたまには出なきゃダメよ?」

 つってさっさと梯子を降りていってしまう。
 近付いてきたかと思えば離れる時はさっさと離れていくからな。全く思い通りにならない。

「……やっぱり、トラはトラだわ……」

「?」

 小さく呟いたつもりでも誰もいねえからよく聞こえるんだよな。
 どういう意味かは知ったこっちゃねえが、さっきの驚いた顔も、今の発言も、金色を隠したその手も、全部気に入らねえ。
 これがどういう気持ちかまだオレには理解出来ないとしてもだ。

「おい、撫子」

「?」

「夜、空けとけよな」

 次に微笑んだ時にはいつもの撫子に戻っていた。
 今日は一体なんだったんだよ?

 一陣の風が吹いて伸びた前髪に青色の瞳が隠される。ちと寒いな。
 また冬がやってくる。


 2015/09/15



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