それこそ狛犬の上とか、どこでも寝られるアイツじゃねーけど、よくこの状態でソッコーで寝れたもんだな……どんだけ体力落ちてるんだって話。
くそっ、がっつり寝たみてぇなのにまだ頭がフラフラしやがる。ちょうどいいっつったら、今の状況にはちょうどいいのかもしんねえけど。
……やっぱまだガキだよな。
男のオレの腕ん中でこんなに熟睡されちまう辺り。
オレが結構危険な部類の男なの分かっててこれだぜ。初めて包帯巻いてくれた時の恥じらい様とはえらい違うんじゃねぇの? ンな安心されても困るっつの。
規則正しい寝息を繰り返すお嬢の額を人差し指で弾いてやると眉間に皺が寄った。
長からの命令で、お嬢を、政府に引き渡しました……
姿が見えねぇから見張りの楓締め上げるとすんなり白状しやがったけど、一発殴っただけで許してやった自分にギリギリ考える頭が残ってたのが奇跡だな。
ま、楓をあれ以上殴ったところで何も解決しねぇし、長からの命令となるとやらないわけにもいかないよな。
つっても渾身の一撃決め込んでやったから、当分目ぇ覚まさないかもな。
「お嬢……」
なあ、あんたが政府の奴等に囲まれてるの見た時、血管何本かイっちまったと思うぜ?
その手を掴んで引いた時、オレを待ってたって顔してあんたが見上げてくるから。
衝動的に政府の敷地内でやらかしたってのに、絶対に、この先何が起こってもコイツらから奪い去ってやるって、その時覚悟が決まったんだ。
「っ…………」
ただでさえこの体勢なのに、頭を撫でてやるとお嬢はオレの胸にすり寄ってくる。
普通にやばかったぜ。オレの理性と怪我人って事に感謝しろよ、お嬢。
今時珍しいくらいの真っ直ぐで綺麗な黒髪。流れに沿ってすいてやると、初めて触れた時よりも早くに毛先に辿り着いてしまう。
政府交渉の為にオレが切ったお嬢の髪。少しだけ伸びたか?
腰まであったのにな、あれは今思い出しても勿体無くてやってられなかった。
髪くらいどうってことないとか、ガキの癖して無理して強がってたあんた。怖ぇ癖に、抱き寄せたら震えてた癖に。
思えばもうあの時からこの気持ちへの抵抗は始まってたんだよな。
このお嬢が、欲しい。って。
短くなった髪の毛先に唇を寄せて。
やたらと視界に入る桃色の小さな唇を親指で撫でた。
確か、昨日お嬢の足に痕付けたはずだよな。
まだ痛々しい傷口の隣にオレが咲かせた鬱血の花。付けた時よりも鈍い赤になって色濃く残っている。
それを見ただけですげぇ満足感に襲われた。コイツの意思は完全無視だが、所有してる気分になれる。
そんな凶暴な気持ちになりながらも、お嬢の髪を撫でているだけで信じられんくらい優しい気持ちが沸き上がるのも感じていた。
相反する二種類が混ざり合う。これがオレだ。最悪な性質だと自他共に認めてる。
なのにお嬢、あんたはそれを、オレはオレだって言ってくれた。こんなオレに臆することなく近付いて、ただ本音を向けてくれて、受け入れようとしてくれている。
「……撫子」
あんたも、オレを必要としてくれてるって思ってもいいか?
欲しがってくれてるって、オレが、欲しいって。
もし、あんたがそう言ってくれたとしたら、オレは……
激情に駆られそうになって、起き上がってお嬢から身を離す。寝てるやつに何仕出かすか分かったモンじゃねぇしな。
「う、…………ん……」
継続して頭を撫でていると不意にお嬢が身動ぎする。
すると気持ち良さそうに唇が弧を描くから、起きてんのか微睡んでんのか、確かめてやるためにも手を移動させる。
髪を滑って白い頬へ、柔らかな丸みを辿って顎に指を引っ掛ける。
ただ気持ち良さそうに撫でられているだけのお嬢。起きてやがる。
早く起きろ。そろそろ退屈なんだよ。
首筋に指を這わせるとほんの少しだけ嫌そうにしてからお嬢は瞼を持ち上げた。
緑色の大きな瞳がオレを探して映し出した。
不思議な程に凪いだ気持ちが、この瞬間に幸せを感じているのだと教えてくれた。
2015/10/07
本編「……嫌だっつったら?」スチルの後。
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