着せてみた




「シン……」

 そう縋るように名前を呼ばれてももう振り向けない。


 参考書を借りたいと言えば、なら持ってくるとアイツは言った。
 借りる奴が出向くのが礼儀だけど、ちょっと追い込んでたから助かった……と思っていた。

 たかだか数分の距離で通り雨に遭ったタイミングの悪いアイツは、参考書だけを守り通してずぶ濡れでうちにやってきた。

「何、今日一番の大当たり? 運悪過ぎだろ」

「うう、シンの意地悪。たまたま降ってきたの!」

 はい、と参考書だけを渡して帰ろうとするアイツの肩を掴んで引き止める。

「悪かった。持ってきてって言ったばっかりに。着替えくらい貸してやるから」

 大したことなんて言ってないのにアイツはぱあっと明るい笑顔を見せる。犬なら確実に千切れる程尻尾振ってるような顔。何だよ。可愛いんだけど。

 間もなくこの申し出が勉強どころではない事件を引き起こす原因となる。


「…………」

 何て事ないと片付けたい。でもさっきから全く進んでない。
 風呂場からシャワーの音が聞こえる。アイツが入ってる。
 いや、そのままだと冷えるからって一回温まるのを進めたのはオレだ。
 あーもう、どうしろっつーんだよ。辛過ぎる……

 暫くしてシャワーの音が止むと少しだけ落ち着いた。なんだよこれくらいで。中学生かよ。
 勉強し過ぎで寝てないから色々敏感になってるって事にしとく。
 メロンソーダでも飲むか。部屋を出て冷蔵庫に向かう。

 しかし、まだ事件は終わっていなかった。


「……シン、あのね、えっと」

 風呂場から出てきたアイツを見て思わずメロンソーダを噴きそうになった。
 とりあえずテーブルに置く。落としかねないから。

「これじゃちょっと帰れないかなって……」

 えへへ、と苦笑いするアイツ。
 苦笑いレベルじゃねーよ。
 ちょうど部屋着でいつも着てるロンTが乾いてたから、じゃあそれって渡したのはオレ。
 ちょっと自分の服着たコイツが見たいって邪心があったのは認める。だけどこれはダメだ。

 丈はあるはずなのにダメージ加工だから、言えば単に短いよりクる。隙間から色々チラチラ見える。コイツ自身前押さえてるし。

 問題はそこだけじゃなかった。

「後、この、ベルトが、その、歩くと挟まるからくすぐったくて……」

 挟まる。どこに。は愚問だ。説明されると完全にダメになる自信がある。





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