知るには淡すぎた
見上げた空はもうすっかりと藍色に染められて星が輝き始めていた。
この底冷えするような寒さは一体なんなんだ。
真夏であるはずの八月にジャケットが手放せない。
今日は予備校で遅くなった。
いつもなら夕方には終わって何とか明るいうちに帰路に着けるのに、なんか面倒くさい事が起こって居残りする羽目に。
まじで勘弁して欲しい。
春から一人暮らしする為に貯金したいから、バイトを続けながら予備校の毎日。これが結構きつい。時間に余裕がない。
一分一秒惜しいくらいだ。要らない用事で貴重な時間を奪わないで欲しい。
吐く息が白くなってきた。さっさと帰ろう。
今日は母親は夜勤でいない。メシ、何食うか。いいか、コンビニで。
「っく……ひっ……ん」
「?」
通りがかった公園の方から何か聞こえる。
女が啜り泣くような声。
面倒事には巻き込まれたくない癖ちょっと気になってしまうのが人間の性。
ちょっと見るだけ、だったはずだった。
「あんた……」
気付いた時には走り出してその女の前に立ってる自分がいた。
この寒いのに上着すらちゃんと着てない。それどころかなんかはだけてる、ように見える。
靴すら履く時間を惜しんだように、踏んで歩いたようにへしゃがって。
いつもなら綺麗にセットされている茶色の髪がぐしゃぐしゃになっていた。
「……あ」
漸くオレに気付いたらしく顔を上げて間抜けな声を出した。
真っ赤に腫らした目から止めどなく溢れる涙。
何だよ、これ……一体何があったんだよ。
「あんた、どうしたの」
「なんでも、ないです……」
年上の癖、バイト先じゃなくても先輩のオレに敬語が抜けないらしい。
オレから目を逸らせて鼻声で答えるけど、この状況で何でもない訳ないだろ。
「寒いんだから、とりあえず羽織れよ」
半分しか着れていない彼女の上着に触れようとして、
「触らないで!!」
勢いよく手を払われた。
格好を見れば何となく何があったかは予想出来ていた。それが今仮定から確信に変わる。
ベンチに座る彼女の前にしゃがんで涙でぐちゃぐちゃの顔を覗き込む。
いつも気丈でしっかりしてるとは思えない程に弱々しい顔。
だんだん許せなくなってきた。沸々と怒りが煮立ってくる。
「オレ、殴ってこようか?」
「……え?」
「あんたの彼氏」
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