トーマ誕生日2014
「シン、そっち押さえてて」
「いいけど、つーか、普通に考えてこれはオレがやった方がいいんじゃないの。届くし」
「それでも私がやりたいの!」
「はいはい」
カラフルな紙の輪を連ねた鎖を手に、危なっかしくも脚立に上り、黒板の高い位置にテープで等間隔に貼り付けていくあいつと、納得行かなそうに、それでもちゃっかり手伝ってやってるシン。
そんな可愛い幼馴染二人の姿に零れる笑みを抑え切れずに、その微笑ましい光景を見つめた。
真新しい制服に身を包んだシンは新鮮に映る。あんなに小さかったのに、もう高校生か、大きくなったなあ。そんなことを本人に言えばまた、おまえはオレの母親かと言われることだと思う。いつから可愛くなくなっちゃったんだろうなあ。お兄ちゃんは少し寂しい。
一生懸命腕を伸ばして作業をするあいつ。おまえも成長したよな。昔はトーマお兄ちゃんトーマお兄ちゃんって、何もできないで俺の後をついて回ってたのに、今じゃもう、俺の手の届かない範囲にどんどん一人で突き進んでいく。
真剣に作業に取り組む横顔が凄く綺麗だ。可愛い妹分であることは今も変わらない。だけど、意味合いが少し違うんだよ。
にしてもこんな空き教室で何の作業だろう。新入生歓迎会? 今さら内容が気になって詳しく観察して、俺は思わず驚きの声をあげそうになった。
黒板にでかでかと色とりどりのチョークで書かれた『トーマお誕生日おめでとう』。
完全に見てはいけないものを見てしまった。俺は慌てて扉に身を隠した。
バレてないよな? バレてたらシンが先に気付くはずだ。
「……なあ、オレ要るわけ? これ、手伝いにすらなってないだろ」
「手伝ってくれてるよ。本当はいてくれるだけで充分だよ。だって、シンがいてくれる方がトーマも喜ぶと思うから」
「高校生にもなっておいて、まだ三人がいいとか思ってんの。あいつ」
「毎年シンと私でお祝いしてるんだから当たり前じゃないの?」
「いや…………別にいい」
この会話を聞いていてもいいのか。悪いなと思いつつも、二人の会話を一言一句逃さないというように聞き耳を立ててしまうから困ってしまう。
盗み聞きは良くないよな。分かってるんだけど、俺の話をしてくれるのが嬉しいんだよ。
「トーマ驚くかな?」
「おまえがここまで張り切ってんのに驚かないわけないよ」
「プレゼント、喜んでくれるかな?」
「喜ぶに決まってる」
俺の脳内での返事と、シンの台詞が寸分の狂いもなく重なっていくのが心地いいと思っていた時、携帯にメールが届いた。
送り主はあいつだ。
ここに呼び出す内容と、下手くそな言い訳付きのメール。出ていくタイミングを見計らって、大きく深呼吸をしようとした。
「おいトーマ」
「!?」
「え?」
「悪趣味な真似してないでさっさと出てくれば」
いつもの無表情な声色に呼びつけられて、渋々二人のいる教室に目を向ける。
「うわ、まじでいた……」
「は?」
「なんかいそうだと思って呼んでみた」
「ちょっ、おまえね!」
カマを掛けられてまんまと引っ掛かって、勢い余ってシンに反論しようとして、ポカンと口を開けて俺を見ているあいつが視界に入ってやめた。
「いや、あのな、通り掛かったらおまえとシンを見掛けて……」
上手い言い訳が思いつかない。何より、俺が驚くっていうこいつの楽しみを奪ってしまったことが頭の中をぐるぐる回って言葉が途切れる。
「ここを見てトーマは驚いた?」
「え、まあ、驚くよな。隠れたくらいだし」
がっかりさせるかと思いきや、全然予想もしていなかった台詞がやってきてそれもまた困った。小声で隠れたとかキモいと聞こえてきたのは流すことにする。
「そっか、良かった……!」
どうしようもない返答だったのに、俺に返ってきたのは満面の笑み。
こんな返事でおまえは喜んでくれるのか?
思わず隠れて聞き耳を立てるようなことをする俺でもおまえは祝ってくれるのか?
「トーマ、嬉しいのかよ。顔キモい」
「今日のシンはキモいばっかだな」
「そうでもねえよ。誕生日おめでとう」
そう言って直ぐ様目を背ける。なんだよ。恥ずかしいのか? 可愛いなあシンは。またキモいと言われないように今日は心の内に秘める。
「シン! おめでとうは私が先に言いたかったのに!」
「おまえがずっとへらへらしてるからだろ」
「いつもずるいよ! 美味しいところばっかり!」
可愛い言い争いを始める妹分と弟分を前に俺はすげえ幸せだなってしみじみ思う。
この先無くなってしまう光景だとしても、今はこの幸せを噛み締めていたい。
「トーマお誕生日おめでとう。これからもずっとお祝いさせてね」
リボンを掛けられた包みを抱えて笑うこいつが心底愛しいと思う。
今は可愛い妹のままで、側で見守らせてほしいと願いながらプレゼントを受け取った。
2014/04/12
トーマ Happy birthday!!
1時間クオリティでごめんねトーマ!!
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