指と唇




「あのさ、何で最近オレの事避けてるわけ?」

 あの日から数日、閉店業務を終わらせてタイムカードを切った後の事だった。

「ギクッ! やばいよやばい! やっぱりシン、君が避けてるの不審に思ってるよー!」

 不機嫌に眉根を寄せて話し掛けてきたシンに何も返せないでいる私の代わりに、わたわたとオリオンが空中で頭を抱えている。

「……おまえ、ほんと最近ボーッとしてる。悩みがあるならオレに言えって言ったよな?」

「それは……ごめんなさい。言えない」

 記憶が無いなんて、いきなり言ったら信じてもらえない。それに、いつもと違う私にも気を回してくれるシンにこれ以上面倒事増やしたくない。
 それに、避けてるのは聞かれてるのと違う理由だから。

「なんで……オレが聞いちゃいけないこと?」

 不機嫌そうだった表情が悲しそうなものに変わる。

「とにかくごめんなさい」

「待てよ」

 逃げようとしたら腕を掴まれて蘇ってくるあの日のシンの行動、声、台詞。

『……何だよ。もっと食べて欲しいのか? だけど、続きは今度。二人っきりのときにな』

 恥ずかしくて息が詰まる。掴まれた腕からもう熱くて熱くてたまらない。
 また凄くシンの事意識してる。ううん、ここ数日、避けてる間ずっと意識してた。
 幼なじみでバイト仲間、それだけしか知らない年下の男の子に、記憶探しも忘れてドキドキしてる。

「何で腕掴んだだけで赤くなるんだよ」

「どうして、シンは普通なの……」

「は?」

 訳が分からなさそうに首を傾げる。
 私の指を舐める舌の感触、忘れられなくて恥ずかしいままなのは私だけなの?

「続きとか、今度とか……もうずっと頭の中いっぱいだよ」

「っ、真に受けんなよバカ。あんなのちょっと調子に乗っただけだから」

「ほんと?」

「だけど、させてくれるなら話は別」

 また一段と顔が熱くなる。シンの唇を見るだけで心臓が大きく脈を打つ。

「つうか、あれからずっとそれで意識してたの? オレのこと」

 途端に意地悪な笑みに弧を描く口元が妖艶に見えて後退してしまう。
 年下の男の子って、もっと子どもだと思ってたのに。

「勘違いしてもいいってこと?」

「シン……」

「なあ、おまえ、オレの事まだ男に見えないって言える?」

 ……そんなの言えない。だってもう、シンはこんなに男の人だから。

「オレがおまえの事好きって言うの、まだ迷惑?」

「……迷惑じゃない」

「ふーん……あ、そ」

 素っ気ないはずの返事が妙に甘く感じたと思えば、指先じゃなくて唇にあの時の感触がやってきた。


 2013/07/17





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